未来に伝える、伝統の醤油づくり
「機(とき)有るべし」
これは、兵庫県養父市(やぶし)にある、
大徳醤油株式会社がつくる醤油です。
「戦後、醤油づくりの姿が変わってしまいました。
もろみに熱を加え、培養酵母を添加することで熟成期間を短縮し、
大量生産・低価格販売を実現しました。
生産量だけみれば、大手の醤油メーカーだけで、
日本で使われるすべての醤油がまかなえる。
そんななか、私たちみたいな小さな醤油蔵の存在意義は何かを考えながら、
醤油づくりをしています」
企画営業部部長の浄慶(じょうけい)拓志さんが、
醤油業界に関するいろはから、丁寧に教えてくださいました。
浄慶さんによると、全国に1400軒ほどある醤油蔵のうち、
きちんと原料から仕込んでいる蔵は少なく、
また、原料を見てみても、市場に出ている醤油の80%以上が
脱脂大豆を使用しているそう。
脱脂大豆とは、大豆から溶液で油を抽出した後の、形を成さない大豆のこと。
大豆と聞いて想像する丸いままの大豆からできた醤油は
市場の醤油のわずか15%というから驚きます。
「醤油づくりにおける大豆の自給率は約6%、小麦の自給率は約9%。
自分たちが食べる分くらいは、自国でまかなっていきたいですよね」
外国産の原料を使用する蔵がほとんどのところ、
大徳醤油では、国産原料の醤油づくりにこだわります。
原料の丸大豆は地元但馬地方でつくられたものと、
熊本県の契約農家にお願いしているもの。
小麦はお隣の豊岡市でつくられているもの、
塩は長崎県崎戸島産のものをそれぞれ使用しています。
ただ国産というだけでなく、生産農家とのつながりを大切に、
生産農家と消費者をつなぐ存在でありたいと、浄慶さんは話します。
さらに、冒頭でご紹介した「機有るべし」には、
北海道の契約農家が栽培する、有機大豆と有機小麦が使われています。
「日本の有機農業の先駆者の一人が、
『有機はすべての生命の活動を表したよい言葉だ』と伝えたと聞いています。
醸造という行為は、幾億の微生物の命の活動をいただくことだと思うので、
この醤油にも『すべての命は機(とき)なくしてはありえない』
という意味を込め、"機有るべし"と名付けました」
実はこの醤油、無印良品のCafé&Meal MUJIの調味料として使用されています。
国産原料でつくられた醤油自体が希少であるなか、
有機栽培の原料が使われている醤油がいかに貴重であるかを知りました。
また、大徳醤油が守っているのが、日本の伝統である"天然醸造"の醤油づくり。
天然醸造とは、四季の温度変化の中で、
蔵にすみ着いた微生物が醤油を醸していくことで、
醸造に1年以上の時間をかけています。
「人が醤油をつくっているのではなく、微生物が醤油をつくっている。
私たち人間にできることは、いかに微生物のすみやすい環境をつくるかだけです」
蔵を見せていただくと、そこには地元の杉でつくられた、
珍しい四角い桶が並んでいました。
杉は、微生物がすみやすい自然の環境であるものの、
メンテナンスなどの問題から、杉樽ではなく、
ホーロータンクを使う蔵が一般的に増えています。
大徳醤油では、この先仮に桶職人がいなくなっても
工事でメンテナンス対応できるようにと、
このような四角い桶にしているといいます。
「農村ではかつて、自分たちがつくった畑の大豆と小麦を原料に、
家庭で醤油をつくっていました。
私たちは規模が大きくなっても、家庭の醤油づくりを原点にしたいと考えています。
命を育む食べ物が、工場ではできて家庭でつくれないものであってはならない」
こうした考えのもと、大徳醤油では麹を販売し、
家庭で試せる手づくりしょうゆキット「こうじ君ともろみさん」
も企画・販売しています。
Café&Meal MUJIのスタッフも、過去に何度か蔵見学にお邪魔しており、
その際に醤油づくりを体験していました。
今回は昨年5月に仕込んだお醤油を搾らせていただくことに!
1年以上熟成したもろみをガーゼの上にのせると、
手を添えるだけで、すーっと醤油が滴り落ちました。
できたての生醤油の味は、とても香ばしく、
しょっぱさの後にコクと甘みを感じます。
「初めにお話ししたように、
日本の伝統である醤油づくりが、合理化によって変わってきてしまっている。
だからこそ、伝統が残っているところは、
それを未来に伝える義務があると思うんです。
私たちが小さい醤油屋のモデルになれるように今後も発信していきたいです」
今回伺った浄慶さんのお話は、とても納得感があり、
終始うなずきっ放しでした。
伝統的な天然醸造と原料にこだわる姿勢は、
本来あるべき食づくりなんだと思います。
時代によって変わる業界の中で、つくり手は何を成し遂げるのか。
醤油に限らず、モノが手軽に手に入ってしまう現代において、
つくり手のものづくりに懸ける思いこそが、
その味やモノの違いにつながってくるように感じました。