木を操る、木地師
国土の約3分の2が森林といわれる日本では、
古くから木の恩恵を受けて、暮らしてきました。
その一つが木器。
木器は、その製法によって大きく5種類に分けられます。
板材を組み合わせて作る「指物(さしもの)」、
薄板を曲げて作る「曲物(まげもの)」、
刀やノミなどで木を刳(く)り抜いて作る「刳物(くりもの)」、
短冊状の則板を円筒状に並べて竹などで作ったたがで締めて、
底板を取り付けて作る「結物(ゆいもの)」、
そして、轆轤(ろくろ)を用いて作る「挽物(ひきもの)」。
挽物といえば、汁碗などに多く用いられますが、
日本におけるその一大産地が、石川県加賀市にある山中温泉地区です。
ここは全国の挽物産地の中でも、群を抜いた職人の規模や質を誇ります。
山中温泉地区の挽物産地としての歴史は400年以上にわたり、
安土桃山時代に、良木を求めてやって来た木地師たちが
山中温泉の上流の村に移住したことから始まったといわれています。
「各地の木地師がいなくなってきてしまっているなか、
挽物について学ぶにはここしかないと思いました」
愛知県出身の田中瑛子さんは、高校時代から漆器に興味を持ち、
地元の大学で漆芸を専攻します。
しかし、実際に塗りをやってみると、立体を作る方が好きということに気付き、
大学卒業後に、全国で唯一、挽物轆轤技術を専門的に学べる山中の研究所に入所。
そして7年間研修所と師匠のもとで学び、2012年に木地師として独立されました。
「他の産地は器に対して木の繊維が並行に入った
"横木"(写真下右)を使うのが一般的ですが、
山中は繊維が垂直に入った"竪木"(写真下左)を使うのが特徴なんです」
田中さんいわく、竪木取りの特徴は歪みが少なく、
お椀や茶筒などの高さがあるものを作る場合に
薄挽きにしても縁が強く欠けにくいので軽く仕上げることができるそう。
ただし、竪木は木の半径の幅までしか使えないので、
大きいものを作るためには、大木が必要になるんだとか。
木地師の技は鍛冶仕事から始まるといい、
ベースとなるカンナを曲げられるようになるまで、数年はかかるといいます。
ベースの形はみんな一緒なのですが、
ちょっとした角度などは個人の癖や体型にあわせて変えるので
自分にベストなものを曲げられる様になるのに苦労するそう。
道具づくりが終わると、ようやく挽きの作業。
ここでも山中という産地だからこそのシステムがある、と田中さんは話します。
「山中には、木地屋さんが共同出資して作った製材組合があり、
原木の仕入れから"荒挽き"といわれる状態まで加工してくれています。
私は"荒挽き"を仕入れて、これをさらに加工していきます」
工房内には、ぎっしりと"荒挽き"が積まれていました。
荒挽きを専門に作る作業所があるので、
木地をよりスムーズに周期的に生産することができるのです。
「木地の仕事はマイナスなんです。
削っていって一番いい形になるのは一瞬だから、緊張感を持ってやりますね。
私たちの仕事は"早く、きれいに、揃っている"というのが腕の証。
いかに一瞬で形を見切りサッと決めるかが重要ですが、
日々の訓練のなかで、体で覚えていき、同じものがいくつも作れるようになります」
田中さんがカンナを巧みに操ると、
シャーシャーと音を立てながら、きれいに表面が剥けていきます。
一見、力のいる作業に見えますが、カンナの角度がうまく合っていれば、
力を入れなくても自然に削れていくんだそう。
さらに小刀を使って表面を削いでなめらかに。
すべすべお肌の可愛らしいフォルムの出来上がりです!
「木の個性を感じながら挽くのが楽しいです。
木目は二つとして同じものはありませんから。
こうした木目を楽しめるのは、木地師ならではの特権ですよね」
作家としての一面も持ち、漆塗りの工程までこなす田中さんですが、
その作品からは、木地師らしさがにじみ出ていました。
というのも、どれも木目の面白さを感じられる作品ばかりなのです。
田中さんは珍しい木目の材木を見つけるたびに、ストックしていき、
木の味を楽しめる作品を作り続けています。
そんな田中さんに今後の目標を伺いました。
「何があっても作り続けていきたいと思っています。
先生たちや師匠が長年研究してきた技術を引き継いでいるわけだから、
その技術のレベルをきちんと次に伝えられるようにしていきたいですね」
そう話す田中さんの作った木地は、大半が県外の塗り師へと渡り、
最終的に全国のお客様の手元に届いているそうです。
「職人としては、お客さんの手となり自分の意思を消して効率と均一を意識します。
作家としては、いかに自分を木で表現するかを大切にじっくり木に向かいます。
木を挽く姿勢としては正反対なものですがどちらも重要。
私の中ではどちらもあるからバランスが取れているのかもしれません」
私たちが普段触れている汁碗などは、
木と向き合い、それを操る木地師によって、
木に新たな息吹を与えるところから始まっていることを改めて知りました。
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