「醤の郷」の醤油づくり
このキャラバンのテーマの一つでもある、
同じ名を持ちながら、土地によってわずかに違うもの。
その代表格の一つが「醤油」ではないでしょうか。
これまでの旅路にも各県、必ずといっていいほど、
その地に根ざした醤油蔵が現存し、
地域の味覚に合わせた醤油づくりが行われていました。
一般に関東は濃口、関西は淡口、九州は甘口
といわれるように、
地域の味覚が違うことを象徴しているように思います。
そんな醤油にも、日本四大産地と呼ばれる土地があり、
旅のスタート時に訪れた千葉県の銚子をはじめ、
千葉県の野田、兵庫県の竜野、香川県の小豆島(しょうどしま)がそれに当たります。
その内の一つ、香川県の小豆島を訪ねました。
人口3万人強のこの島には、
最盛期には400もの醤油の蔵元が存在したそう。
温暖で雨が少なく乾燥した気候が、
麹菌の発育など醤油づくりに適した環境をもたらすようで、
現在でも20の蔵元がしのぎを削っています。
なかでも小豆島町の馬木(うまき)~苗羽(のうま)地区は
「醤(ひしお)の郷」とも呼ばれ、
昔ながらの街並みに、食欲をそそられる香ばしい香りが漂います。
国の有形文化財に指定されている蔵も多く、
今回訪ねた「正金醤油」もその一つ。
大正9(1920)年から続く蔵元は、
現在4代目の藤井泰人さんによって引き継がれています。
「小豆島で醤油づくりが発展してきた理由は、
その地の利が大きいと思いますよ」
とても優しい笑顔で、小豆島の醤油づくりの歴史を教えてくださいました。
農耕地が少なかった小豆島では、他地域との交易が必要で、
そのために塩づくりが盛んに行われていたそうです。
そこに、本土から醤油や素麺の製法と桶が持ち込まれたことで、
その塩を使った加工業として醤油づくりも栄えていったんだとか。
また、現代のような陸上交通網が整備されていなかった時代において、
海運輸送の要所であった小豆島はとても有利で、
九州から大豆や小麦を仕入れやすく、大消費地、大阪・京都へ出荷しやすかったことが、
小豆島で醤油づくりが発展していった最大の要因だそう。
その後、品質を担保するための自主規制や、醤油税の導入、
戦争による食糧統制という厳しい時代を切り抜けたのが、
現在、残っている20軒の蔵元というわけです。
「20軒ともに、それぞれの作り方があるんですよ。
"管理方法""熟成する期間""出荷時の成分"、これによって醤油の味わいは変わります」
分かりやすくその製法のポイントを教えてくれた藤井さんの後について、
蔵の方へお邪魔すると、そこには大きな杉製の桶が。
この桶のことを、小豆島では「こが」と呼んでおり、
ひとつで5400リットル、搾ると4000リットルの醤油を作ることが可能。
この桶を128も有している正金醤油では、
中身を管理しやすいように桶の高さに合わせて2階部分が建てられており、
そこからの光景は、まるで木製の温泉を思わせます。
「左は昨日、仕込んだばかりの桶、右は仕込んでからもう1年ほど寝かせた桶」
色みからも、その深みの違いを想像できます。
醤油づくりは、蒸した大豆と小麦を混ぜたものに麹菌を加えた醤油麹に、
塩と水を加え、じっくりと発酵・熟成させたもろみを最後に搾るわけですが、
この発酵・熟成の期間は、蔵によっても桶によっても様々だそうです。
麹菌が作る酵素が、大豆や小麦に含まれる栄養素を旨味成分に分解する過程、
いわゆる"発酵"と呼ばれる期間は、自然醸造では5~6カ月といわれており、
そこから先は、味を落ち着かせるための"熟成"の期間に当たります。
機械で温度・湿度の管理が可能な大手メーカーでは、
一般的に、発酵期間が3~4ヵ月と短くて済み、
熟成前の個性の強い状態のもので出荷されますが、
「カレーは一日寝かせた方がおいしいでしょ」
と藤井さんが表現するように、寝かせることで醤油そのものの"角"がとれ、
こなれた味へと変化していくそうです。
正金醤油では、1~2年間熟成させ、
この使いこまれた桶に住む微生物の働きによって、
ここならではの醤油ができあがるのです。
「杉製の桶だからって、いい醤油というわけじゃないんですけどね」
そう謙虚に話される藤井さんは、
その管理もいい醤油づくりの条件として挙げます。
かき混ぜる工程で飛び散ったもろみをキチンと掃除するか、
そういった基本的なところで、醤油の出来が決まってくるそう。
謙虚な姿勢で、基本に忠実にといったあたり、職人らしさがにじみ出ています。
こうしてじっくり醸造された醤油を味見させてもらうと、
これが実にまろやかな味わい。
「うちは"素材の良さを引き出す"ための醤油づくりを心がけています。
醤油は料理の引き立て役だと思っているので」
そう話す藤井さんは、どこまでも謙虚。
醤油にその性格が反映されるのも、当然のことかもしれません。
出荷先も全国に広い正金醤油では、
淡口醤油(写真左)、濃口醤油(写真右)二段仕込み醤油(写真中央)と、
顧客の味覚に合わせた様々な醤油をはじめ、
料理に使いやすいダシやつゆ、ポン酢も作っています。
もちろん調味料づくりにおいても、
「素材の味を引き出す」という姿勢は変わらず。
醤の郷、小豆島の醤油づくりは、
瀬戸内海の気候のように、実におだやかでゆかしいものでした。