本枯節
日本のだし文化を支える、カツオ節。
カツオを干す、カツオを燻す、などが転じて、
「カツオ節」と呼ばれるようになったといわれています。
戦国時代には、"勝男武士"として、
戦に勝つための武士の戦陣食として好まれていたそうです。
米食中心の文化が形成されて以来、大豆製の発酵調味料と並んで、
"カツオの煎汁"は日本人の食卓で支持されてきました。
最近の研究では、カツオに含まれる旨み成分「イノシン酸」が
昆布だし等に含まれる旨み成分「グルタミン酸」を引き立てると確認されたのです。
北前舟の終着地、大阪で花開いた昆布だしに対して、
カツオ節は、主に太平洋岸の地域で発展。
なかでもカツオの水揚げ量の多い鹿児島県、高知県、静岡県が産地で、
約半数が、鹿児島県の枕崎と山川といわれています。
その主要産地の一つである、枕崎を訪れました。
回遊魚であるカツオの漁は南西諸島にまで及ぶため、
薩摩半島の南岸に位置する枕崎は、水揚げ漁港としては絶好の立地。
なおかつ、年間の平均気温18度と温暖な気候は、カツオ節生産には適しており、
薩摩藩の庇護もあって、一大産地へと発展したそうです。
この地で1935年からカツオ節を製造し続ける、マルテ水産株式会社を訪ねると
続々と水揚げされたカツオが運び込まれていました。
この日、運び込まれていたのはソウダガツオ。
一般のカツオと比べると、少し小ぶりです。
運び込まれたソウダカツオは、職人の手によって、素早くさばかれていきます。
大きなソウダカツオになると、3枚に卸された後、背中側と腹側に切り分けられます。
背中側を雄節、腹側を雌節と呼び、ぴったり合うものは世界に一組だけなので、
"鰹夫婦節"として、昔から結納や結婚式の引出物として選ばれてきました。
卸されたソウダカツオは、煮熟(しゃじゅく)の工程へ。
マルテ水産の鮫島喜一郎専務は、この工程が最も大切といい、
過熱による急激な身の収縮で亀裂ができるのを防ぐため、
鮮度の良いカツオは、低温でじっくりと煮ると教えてくださいました。
そして骨抜きや修繕されたカツオは、焙乾(ばいかん)と呼ばれる、燻す工程へ。
昔からカツオ節が保存食といわれるゆえんはここにあり、
燻すことによって、カツオの脂の酸化を防止し、
雑菌の発生を防ぐ効果があるといいます。
燻すための木材は、県内か隣県で間伐されたカシ類や桜の木。
間伐材の利用先で頭を悩まされる地域が多いなか、とても重宝されているそうです。
敷地内には、大量の木材が運び込まれていました。
焙乾の作業は部位によって6~15回も繰り返され、
じっくりと内部の水分を蒸発させていくんです。
ほとんどの産地ではこの時点で出荷され、市場の80%以上はこの荒節で占められています。
しかし、ここ枕崎では、カツオ節の旨みを決定づけるために、
伝統製法に則り、もう一手間加えられたものも作られていました。
「カビ付け」です。
かつて江戸までの道中、カビの発生に悩まされた土佐藩産のカツオ節が、
かえって味が良いと好評を得たことから、生まれた製法なんだとか。
カビ付けによって、
焙乾だけでは除去しきれないカツオ内部の水分を取りのぞくのです。
さらに、カビ菌によって脂肪とタンパク質が分解されるため、
より透明度の高い、香りと風味あふれた旨み成分が生みだされるんだそう。
カツオ節が"発酵食品"と呼ばれるゆえんは、ここにありました。
カビ付け、日干しを4カ月から1年繰り返し完成したものを、
「本枯節(ほんかれぶし)」と呼び、最上級のカツオ節として扱われるのです。
これだけ長い期間かけて水分が取りのぞかれ、旨みが凝縮された本枯節は、
たたくとカンカンと高鳴りするほど。
この音こそが、極上のカツオ節の証なんだそうです。
「本枯節でとるダシの味は、やっぱり上品ですよ。
カツオの風味が格段に違う」
鮫島専務はそう語ります。
幼い頃から本物のカツオだしの味で育った鮫島専務は、
こうも続けてくれました。
「毎日忙しくても、週に3回ぐらいは家族団らんしながら、
おふくろの味を子どもに伝えていってほしいんです。
このカツオ節によって、少しでもその手助けになればと。
その味で、子どもがすくすくと育てば、
日本の味をつないでいくことになりますから」
現に鮫島専務の息子さんたちは、帰郷のたび、
カツオだしのきいたおみそ汁の味で、
故郷へ帰ってきたことを実感するそうです。
早速、私たちも削った状態の「花かつお」を持ち帰り、
自宅でダシから取ったおみそ汁を作ってみました。
お湯を沸かせて火を止め、花かつおを入れて待つこと3分。
想像以上に手軽に、カツオの風味広がる、
いつもより深い味わいのおみそ汁に仕上がりました。
毎日とは言わないまでも、週末ぐらいは、
ダシ料理に挑戦してみるのも良いかもしれません。
日本が生んだ独特の旨み文化、カツオ節は、
これからも親から子へと食卓で引き継がれていってほしいものですね。