トランジション・タウン藤野
「日本全国の良いくらしを探す旅」と銘打って、
旅して回ったこのキャラバン。
これまでも各地の良いくらし、良い取り組みについて取り上げてまいりましたが、
すべてに共通していえることが、
人々が地域の抱える課題に前向きに取り組んでいることでした。
その課題解決というのは、街の活性化だったり、森林の維持管理だったりと、
地域によってそれぞれなのですが、一言で表すならば"持続可能性"の追求。
それを、個人ではなく、地域のコミュニティで
取り組まれているケースが多かったことが印象的でした。
都心や私が生まれ育ったような都心郊外では、
なかなかそうした地域活動は多くないのだろうなと想定していたら、
故郷の神奈川県に、それを複合的に実践している町がありました。
神奈川県北西部、東京・山梨との県境に位置する、
旧藤野町(現相模原市緑区)。
豊かな自然に囲まれた町は、
今から26年ほど前に「ふるさと芸術村構想」を掲げて推進し、
アーティストたちが住む「芸術の町」としても知られています。
今も町中では、随所にアートの片鱗を見ることができました。
こうした芸術への取り組みと、
新宿から電車で約70分という至近にこれほどの自然が残っている環境は、
アーティストにとどまらず、ナチュラル志向の人たちにも伝わりました。
NPO法人パーマカルチャーセンタージャパン、
学校法人シュタイナー学園の受け入れも相まって、
1万人程の人口のうち、約半数が移住者で占めるような町へ。
「藤野は神奈川県の水源地として、その環境を守るように努めてきたので、
これまで企業や工場の誘致などができなかったんです。
結果的には、それが今の藤野を作り上げていると思います」
そう話すのは、NPO法人トランジション・ジャパンの共同代表、
小山宮佳江(みかえ)さん。
小山さんは、複数世帯で"共有する暮らし"を営む「里山長屋」に構想段階から参加し、
2008年に藤野へ移住されました。(現在は別に住居を構えられています)
現在、4世帯が住む里山長屋は、世帯ごとに独立しているものの、
キッチン、お風呂、ゲストルームのある共有スペースを有し、
打ち合わせやワークショップなど、コミュニケーションの場として機能しています。
軒先ではそれぞれが家庭菜園を営むというプライベート性は保ちつつ、
長屋内で楽しみ、助け合いながらのシェアするくらしを送る。
まるで今の藤野を象徴したような場所でした。
小山さんたちが取り組むトランジション・タウンとは、
限られた化石燃料を湯水のように使うくらしから、
自然との共生を前提とした身の丈にあった持続可能なくらしに、
移行していくための草の根運動のこと。
2005年にイギリスに端を発した運動で、
3年足らずでイギリス全土、欧米諸国をはじめ、世界中に広がり、
日本では2008年にここ藤野と葉山、小金井の3つの町から始まりました。
以前、取り上げた「エコ・ビレッジ」と方向性は近しいですが、
新しくそうしたコミュニティを作り上げるエコ・ビレッジに対し、トランジション・タウンは
元々あるそれぞれの地域の資源を活用することを目指すという点で異なります。
現在では、全国の40を超える市区町村で、
トランジション・タウンの運動が始まっています。
「トランジション・タウンはよく"TT"とも略されるのですが、
私たちはそれを、"楽しく つながる"と呼んでいるんですよ」
小山さんがそう話す背景には、
「よろづ屋」という地域通貨の仕組みがありました。
"自分のできるコト"と"自分のしてもらいたいコト"をあらかじめシェアし、
住民同士が助け合っていく仕組みです。
それも紙幣を発行することなく、通帳に貸し借りを記載していく形式。
内容は畑仕事を手伝ってほしい、駅まで送ってほしいなど、
日常の些細なことから、専門的なことに至るまで様々です。
これによりご近所さんが何を必要とし、何が得意なのかが分かるようになり、
地域内のつながりが生まれていっているといいます。
こうしたゆるやかなつながりは、
住民主体の様々なワーキンググループを生み出しました。
地産の農業から食を考える「お百姓クラブ」、
藤野の森を整備し、材を活かす方法を模索する「森部」など
。
一般に農業や林業に携わる人たちの仕事、と片付けられそうな問題に対し、
住民たちが自ら立ち上がり、取り組み始めているのです。
なかでも近年、注目されているのが「藤野電力」。
3.11以降、原子力や化石燃料に頼らない代替エネルギーの必要性が叫ばれていますが、
藤野ではそれを自らの手によって生み出そうとしていました。
「もともとアウトドアが好きで、キャンピングカーの
すぐに上がってしまうバッテリー対策で、
自ら発電システムを構築したのがきっかけでした。
おかげで3.11の電力不足の際、僕の家だけは生活に支障をきたさなかった。
であれば、周りにも広げていこうと思ったんです」
メンバーの鈴木俊太郎さんは、藤野電力の立ち上げ経緯をそう語ります。
現在では、それに呼応した小田嶋哲也さん(藤野電力代表)を中心に、
再生可能エネルギー発電システムの導入に精を出します。
ちょうどお邪魔した日にも、藤野のアートの拠点「アートビレッジ」に、
太陽光パネルを用いたEVステーションを設置中でした。
ここでは、電気自転車や電気スクーター、
携帯電話などの充電ステーションとしての役割を担う予定。
今後、こうしたEVステーションを町中に増やし、
藤野に遊びに来る人へ充電式の乗り物を交通手段として提供する計画や、
災害時の緊急エネルギー拠点とする考えがあるといいます。
現在では全国各地から引き合いがあり、
ソーラーパネル組み立てをワークショップ形式で作ったり、
再生可能エネルギーの普及に取り組まれています。
「何よりも設置作業が楽しい。この過程をともにすることが大切なんです」
肩ひじ張らない藤野電力メンバーの言葉が、胸に響きます。
「この町は起業家は少ないかもしれないが、人のこころは豊かで、
贅沢なモノはないかもしれないが、素朴な藤野が大好きな人はいっぱいいる。
町の宿命をよく理解した町づくりによって、それに呼応する人が集まってきている。
そして、それを受け入れる住民のオープンな気質が良かったのでしょう」
もともと藤野町の役場で町づくりを推進してきた中村賢一さんは、
今の町の成り立ちについて、そう語ります。
何よりも驚かされたのが、
住民がアーティストや、一部のエコ意識の高い人たちのみならず、
都心の企業勤めの人たちも多いこと。
ひとつには都心からの地の利の良さもありながらも、
街中にただようオープンな空気がそれを作り出しているように感じました。
"楽しく、つながる"、トランジション・タウン藤野。
ここには、地域の新しいコミュニティづくりのひとつの形がありました。
※4月より「藤野トランジションの学校」として、
藤野の様々な活動を学べるワークショップの開催を予定しているようです。
ご興味ある方はぜひ、HP「トランジション藤野」をご覧ください。