MUJIキャラバン

原風景を守る、沢渡茶

2012年12月26日

「誰にでも思い出の風景ってあるじゃないですか。
それが僕にとってはこの沢渡(さわたり)なんです」

大きな体で、照れくさそうな笑顔を見せながら、
岸本憲明さんはその想いを語ってくれました。

水質日本一の河川のひとつ、仁淀川(によどがわ)上流に位置する沢渡は、
知る人ぞ知るお茶の産地。

ただ過去長い間、この地で生産される茶葉のほとんどが県外へ送られ、
県外の茶とブレンドされて市場に出荷されていたそうなのです。

近年、お茶の消費の落ち込みから価格低迷が続き、
認知度の低い高知の茶農家は、徐々にその数を減らしていきました。

祖父母が茶農家で、幼いころ頻繁に沢渡を訪れていた岸本さんは、
近くの川で遊んだり、おじいさんと一緒に山に登ったり、
また、毎年行われている土佐三大祭のひとつ、「秋葉祭り」にも参加してきました。

しかし、歳を重ねるごとに、
昔から見ていた風景が変わっていくことを実感します。

「原風景を守っていかなきゃならん」

我慢できなくなった岸本さんは、奥さんを口説いて、大工の仕事を辞め、
おじいさんの茶畑を継ぐべく、5年前に高知市内から移住しました。

「昔からこの地には、お茶の木が自生していたんですよ。
お茶を栽培するには最適な環境なんです」

ご覧の通り、山の傾斜地に美しく広がる沢渡の茶畑には、
毎日のように朝霧が降り注ぐんだそう。

その朝霧によって茶葉が水泡をまとい、太陽の光を和らげるので、
茶葉の旨みが凝縮され、お茶に甘みが生まれるということなのです。

実際、今年行われた「高知県茶品評会審査会」では、
最優秀賞を沢渡で生産されたお茶が受賞したんだとか。
素晴らしいですね!

私たちが訪れた12月上旬は、ちょうど剪定を終えた後で、
茶葉は冬眠に入るのを待ち構えている状態でした。

そして、お茶の若葉がいっぱいになる4月下旬頃、
新芽が摘まれ、それが「一番茶」として出荷されていくのです。

こうしてできたお茶を、岸本さんは「沢渡茶」と名付けました。

「岸本茶でも良かったんですけどね(笑)
"沢渡"の地名をもっと多くの人に知ってもらいたくて」

そういいながら岸本さんが出してくれた沢渡茶は、
香り・渋み・甘みのバランスが絶妙でした。
また、沢渡茶は3煎目ぐらいまで、味が落ちずにおいしく飲めるのが特徴だそう。

ただ、ここで岸本さんの挑戦は終わりません。

一番茶のみを摘んでいた沢渡で、初めて、
二番茶の茶摘み(6月中旬)に踏み切ったのです。

「茶畑の景観を守っていくためにも、農家が専業でやっていけるように、
さらなる商品開発が必要だと考えました」

一般的に苦みが強くなるといわれる二番茶ですが、
岸本さんはこれを「緑茶」としてではなく、なんと「紅茶」として加工しました。

茶葉は緑茶にするには、摘んでからすぐに蒸して酸化を止めるのですが、
紅茶にするには、一晩寝かしてから発酵を促すそうなのです。

緑茶と紅茶の違いは、発酵の有無にあり、
発酵させることで、茶葉が赤茶けていくんだとか。

こうして二番茶から作られた紅茶「香ル茶」は、
もちろん「ダージリン」「アッサム」など
紅茶用の茶葉の品種から作られたものとは風味が異なりますが、
独特の甘みが特徴の渋みの少ない"和紅茶"です。

他にも、一番茶を贅沢に釜炒りにした「俺の番茶」も開発し、
高知のお茶として、世に展開していっています。

「原風景を守りたい、その一心だけでやっています。
夢は、法人化して雇用を生みながら、沢渡の景観を守っていくこと。
まだまだ採算は厳しいですけどね(笑)」

そんな岸本さんは、「秋葉祭り」の主役・鳥毛役も担っているそう。

「うちのじいちゃんも昔、鳥毛役やっていたらしくて。
この祭りも失くしたくないし、じいちゃんの地元を失くしたくない。
じいちゃんが守ってきたものを、生活できる農業にして、
子供たちにちゃんと残してあげたい」

別れ際にも照れくさそうに微笑む岸本さんを前に、
「自分にとっての原風景はどこか」を考えている私たちがいました。

2児の父親でもある岸本さんの挑戦は、まだ始まったばかり。

岸本さんの作る沢渡茶シリーズは、
Found MUJIの一部店舗でもお買い求めいただけます。

【お知らせ】
MUJIキャラバン連載ブログの年内更新は本日で終わりです。
2013年は1月9日(水)より再開となりますので
どうぞよろしくお願い致します。

  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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