日本文化の畳とい草
今でも部屋の大きさを「○畳」と表現するように、
日本家屋と深い結びつきのある、畳(たたみ)。
中国大陸から伝わった多くの文化に対し、
畳は日本独自の文化として発展してきました。
一般家庭にも広く普及するようになったのは、明治時代以降の話で、
それまでは茶道の世界や、大名など一部の特権階級のみで使用されるものだったそう。
そんな畳の素材「い草」の一大産地が熊本県八代市。
全国の実に9割以上のシェアを占めています。
7月上旬、八代市千丁町を訪れるとそこには、
風に揺られ、ゆらゆらとなびくい草の絨毯が広がっていました。
辺りがまだ薄暗い夜明け前、
い草田には静寂を打ち破る機械音が鳴り響きます。
「陽に当たってしまうとい草はしおれてしまうので、
収穫は明け方か、夕方の太陽が沈む頃から行います」
この地で3代にわたって、い草を作り続ける農家、
坂井米夫(さかいよねお)さんに教えていただきました。
かつて"緑のダイヤ"とまで呼ばれていたい草は、
この界隈にも28軒ほど生産者がいたそうですが、
今残っているのは3軒のみ。
なかでも坂井さんは、20年ほど前から、
オーガニックのい草を栽培する希少な生産者です。
「ダイオキシンが社会問題になった時があるじゃないですか。
最も影響が少ないといわれていた農薬にも、ダイオキシンが含まれていました。
その時、安全な農薬なんてないと思ったんです」
以来、無農薬・無化学肥料のい草を栽培し続けている坂井さん。
苗の栽培から始まり、11月末に田んぼに植え付けてから7月上旬の収穫までに、
冬草、春草、夏草と3度の除草が必要になるため、
オーガニックの栽培はとても労力が要ります。
食品と違い、JAS規格などで有機栽培をアピールすることもできませんが、
坂井さんは、安心安全のい草を生産することに余念がありません。
通常、刈り取られたい草は「泥染め」といって、
すぐに、粘土質の泥に浸け込まれます。
これは江戸時代から続いている伝統技法で、
い草の吸排湿を高め、畳表の弾力を増して、変色を抑えます。
しかし、坂井さんは収穫したい草の半分は泥染めを行っていません。
それも、泥に含まれる微量物質によって、
アレルギー反応などを起こしてしまう人への配慮からでした。
「泥染めによって、香り付けする面もあるのですが、
それも人によって感じ方は様々。
こうしなくちゃいけない、というのではなく、
消費者にとってどんな畳が良いのかを考えなくてはいけない」
そう話す坂井さんは、熊本県で育成された新品種
「ひのみどり」ではなく、在来種の「きよなみ」を栽培。
「ひのみどり」よりも茎が太く、灯芯が多い「きよなみ」の方が、
畳に仕上げた際の踏み心地が柔らかいのだといいます。
「畳表は目が詰まっているほど、良い畳とされてきましたが、
い草が潰れてしまっては弾力性を失って、硬さだけが残ります。
い草の丸みが残る位が適度で、フローリングにはない
そのしなやかさこそが畳の魅力だと思うんです」
その言葉に、ふかふかの畳の上でゴロゴロ寝転がり、
い草の香りに包まれながら、昼寝をしていた幼少期を思い返しました。
家に上がるとき、靴を脱ぐ文化の日本において、
素足で畳の上を歩くのも気持ち良いものですよね。
それまでのい草栽培を一つひとつ見直しながら、
今一度、生活者にとって良い畳を追求し続ける、職人気質の坂井さん。
「和室=畳と考えるのではなく、
一つの家を彩るパーツとして考えてほしい」
と、話します。
吸湿性が高く、乾燥時には湿気を吐き出してくれる畳は、
夏涼しくて冬暖かく、さらに消臭効果もあるといいます。
また、集まった人数によって使い方を変えられるのも
良さの一つかもしれません。
生活スタイルの変化によって、畳離れが進んでいますが、
日本独自の文化であり、日本の風土に合った様々な利点を持つ畳を
今一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。