すぐき漬け
「柴漬け」「千枚漬け」と並んで"京都の三大漬物"といわれるのが、
カブの変種であるすぐき菜を原材料とする「すぐき漬け」。
もともとすぐき菜は、桃山時代に上賀茂神社の社家によって
栽培が始まったといわれているようですが、
1804年に京都所司代から出された「就御書口上書」で
他村への持ち出しが禁じられたことから、
限られた地域だけで栽培され、栽培技術が口伝で受け継がれてきました。
京都市内から車で約20分の北区上賀茂地域で
すぐき菜を栽培しているという、田鶴均さんを訪ねました。
「普通の漬物は、漬けるのは漬物屋の仕事ですが、
すぐきは農家が全部やるんですよ」
残念ながら私たちが訪問した1月には、
すでにすぐき漬けの仕込みは終わっており、
その現場を拝見することはできなかったのですが、
田鶴さんの家では、すぐき菜の種の採取から、
種蒔き、栽培、収穫、漬けの作業すべてを自分たちで行うのだそうです。
「種は売っているものではなく、各家に代々受け継がれてきたもの。
同じすぐき菜にしても家によって品種が異なるから、漬け方にしたって違う」
収穫したすぐき菜の皮を剥き、一晩塩漬けにした後、
天秤で押しをかけて本漬けし、室で発酵させるそう。
現在五十数軒あるすぐき農家のうち、ほとんどは電気で室を温めるそうですが、
田鶴さんの家では、炭火で温めるという伝統的な漬け方を
今も変わらず行っているといいます。
現代の日本においては、数少ない本格的な乳酸発酵漬物で、
その味は酸味の効いたすっきりしたもの。
このすぐき菜は、京都府によって認定された「京の伝統野菜」のひとつです。
京都には、千年の都の歴史の中で、地方からの献上品をはじめ、
全国各地から様々な野菜の種が集まり、その中から
それぞれの土地にあう良いものだけを残して、代々受け継いできました。
しかし、作り手の農家によって品種が異なるため、
形の統一、味の統一がしにくいことから徐々に市場から嫌厭され、
30年ほど前には絶滅の危機にあったそう。
そんな時、これではマズイ!と立ち上がった
料亭と若手農家のグループがあり、
「復活させよう!京の伝統野菜」という運動を行ったことで、
1987年から行政が「京の伝統野菜」として認定し、
世間で見直されるようになったのです。
実は田鶴さんは、その時の若手農家の一人でした。
「九条葱、賀茂茄子、聖護院かぶら
京野菜には作られた場所の地名が付いていますが、
それだけその土地に適しているってことです」
ほとんどの京野菜を育てているという田鶴さんの畑では、
冬野菜の「聖護院大根」や「九条葱」が栽培されていました。
「『作物は人間の足音で育つ』っていうんです。日々野菜の顔を見て、
タイミングを見て体調管理をしてあげることが大切」
京の伝統野菜は"京都"というひとつのブランドによって、
他の地域の在来種よりも広く全国的に知られているように思いますが、
その裏には田鶴さんのような、伝統を廃れさせてはいけない
という想いを持った生産者がいたことを知りました。
清らかな酢
日本三景のひとつに数えられる天橋立(あまのはしだて)。
その近くの京都府宮津市に、地元で評判のお酢屋さんがありました。
明治26年創業の「飯尾醸造」。
約400社あるといわれる日本の食酢メーカーにおいても、
自社で醸造設備を持つのは約1/3といわれていますが、
なかでも飯尾醸造は天然醸造を手掛ける希少な酢蔵です。
突然の訪問にもかかわらず、
快く迎えてくださったのが蔵人、秋山俊朗さん。
もともと、酢が苦手だったという神奈川県出身の秋山さんは、
飯尾醸造の酢を飲んで、初めてそのおいしさを知り、
勤めるにまで至ったそうです。
早速、その味を試させてもらうと、
その理由が分かるような気がしました。
深いコクのせいか、実に味わい深く、
酢独特の酸味にツンとしたトゲを感じないのです。
そこには飯尾醸造の酢造りに対する徹底した姿勢が表れていました。
以前、鹿児島県で取り上げた黒酢は、
米から酢になるまでの全工程をひとつの壺の中で完結させていましたが、
一般的には、酒を酢酸発酵させたものが酢となります。
醸造用アルコールを使って作られる酢も多いなか、
飯尾醸造では、なんとその酒造りから手掛けていました。
つまり正真正銘の純米酒から酢を造っているのです。
さらに酒造りには当然、良質な米が必要になるわけですが、
その米においても、農薬・除草剤を一切使わずに作られた
地元・丹後の契約農家と自社で手掛けたものに限る徹底ぶり。
「昭和30年代、現在より毒性の強い農薬が使用され
ドジョウもフナもいなくなった田んぼを見た先々代が、
"生き物も棲めない田んぼで作った米では体がおかしくなる"
と安全性の高い米づくりを提唱したことがきっかけです」
と、秋山さんはその理由を振り返ります。
そして、そんな手間隙かけて作られた米を、
ふんだんに使用していることも飯尾醸造の特徴です。
日本では1リットルの酢を作るのに40gの米を使っていれば、
"米酢"と表示してよいことになっているのですが、
看板商品「純米富士酢」では実にその5倍の200g、
さらに「富士酢プレミアム」では320gもの米を使用しているのです。
こうして造られた酢の素になるもろみを水と種酢と混ぜ、
発酵途中の別のタンクから活発な酢酸菌膜を入れ、発酵させること90〜150日。
さらに、角をなくすための熟成に240日以上。
原料から商品として出荷するまでに1年以上、
米づくりから換算すると1年半以上の歳月をかけているのです。
こうして造られたお酢が、おいしくないわけがありません。
「富士酢」という商品名には、
初代の"日本で一番の酢を造りたい"という想いが込められているそう。
今では、多種多様な果実酢も展開しています。
高酸度のお酢に、甘い濃縮果汁を加える製法とは異なり、
生の完熟果実からもろみを造り、発酵と熟成を重ねています。
どれも果実ならではの風味が口いっぱいに広がりながらも、
お酢としての酸味を損なわない味わいがしました。
安全でおいしいのはもちろんのこと、"地域とともにある"、
というのがモットーの飯尾醸造の酢。
地域で評判の酢は、地域にも優しいものでした。