コミュニケーションを生む土鍋
「震災を通して日本人は今、絆の大切さに改めて気付き始めている。
だけど、家族の絆を作れなくて、社会の絆を作れるわけがない。
毎日は無理でも、家族できちんと食事ができる時間を作るべきだとワシは思っとる」
そう語るのは、無印良品の伊賀焼土鍋の生産を手掛ける、
長谷(ながたに)優磁さんです。
鎌倉時代より本格的に作られるようになったという伊賀焼。
伊賀焼が発展したのは、良質な陶土の産地だったことと、
燃料である赤松の森林が豊かだったことが大きな理由だそう。
長谷さんの窯元には、昭和40年頃まで使われていた
16連房の巨大な登り窯が残っていました。
もともと伊賀焼の土の出所は、お隣、滋賀県の信楽焼と同じだそうですが、
伊賀焼には、水簸(すいひ)といって、水中での異なる沈降速度を利用して、
大きさの違う土粒子群に分ける技術が早くから導入されたことで、
空気も水も吸う「呼吸する土」が使われるように。
そうして、大物を得意とする信楽焼に対して、
伊賀焼はその陶土の耐火度が高い特性を活かして、茶陶や食器を作り、
その後土鍋作りがメインになったそう。
製造途中で表面の土を削ったばかりの土鍋を見せてもらうと、
その土の荒々しさが一目瞭然でした。
土に気孔がたくさんあるからこそ、熱で土が膨張した際でも
空気の逃げ場があり、割れずに済むんだとか。
1300年ほどの歴史を持つ伊賀焼ですが、長谷さんは
「歴史を大事に守りながらも、古いものの模倣だけだったら
伝統を守っていることにはならない。
今の時代に合わせて使う人が求めているものを作ろう」と、
使う場所やシーン、使い手に合わせた様々なオリジナル土鍋も開発されています。
IHや電子レンジ対応の土鍋をはじめ、
卓上で簡単に燻し料理が作れてしまう燻製器や、
マンション等の室内でも気軽に焼き肉が楽しめるよう、
煙が出にくい作りになっている卓上オーブン、
さらには、卓上で串揚げなどの揚げ物が作れてしまう鍋や、
湯豆腐などを温めながら同時に熱燗も作れるお鍋まで。
「ワシの作る鍋のコンセプトは『卓上で"ながら"』。
食事をしながらのコミュニケーションこそ人を育てる"卓育"じゃ」
長谷さんいわく、
卓上で調理しながら食べる日本の鍋文化は世界を見ても珍しく、
卓上での調理は、火加減を見守る子どもも、
食材を入れる人も、小鉢によそう人も"みんなが調理人"だそう。
お鍋は、誰もバタバタせずに、お母さんのいる食卓を実現させてくれるもの。
そして、鍋を囲んだ家族の食事は
「しつけの場」であり、「思いやりの場」でもあるのです。
「今の時代は便利になりすぎて、
本当のうまいごはんを食べたことがない人が多い」
長谷さんは、昔食べていた薪で炊いていたごはんの味を
土鍋で再現するべく、研究を続けました。
そして、およそ4年の歳月を経て、火加減がいらず、
吹きこぼれを防いだ、便利さを追求した逸品が完成。
長谷さんは、「作り手こそ真の使い手たれ!」をモットーに、
新商品開発の際には、娘さんのいる東京のマンションにしばらく滞在して、
自分自身で使い心地を試しているといいます。
そんな長谷さんと一緒に作った、無印良品の土釜がこちら。
内蓋がなくても吹きこぼれにくいように、
深みがあり、口部分が広がりのある形になっています。
「伊賀でしかできないことを追求してきただけ」
伊賀の土の特性を活かして、今の時代の生活に合わせた土鍋を
生み出している長谷さん。
そのすぐ近くには、2人の息子さんが寄り添い、
また2人の娘さんも含めて、家族みんなで伊賀焼を守り続けていました。