MUJIキャラバン

墨の可能性

2014年02月12日

その工房を訪ねると、
中にはまるで白黒写真で撮影したかのような光景がありました。

あえて黒を基調にした空間にしていたわけではなく、
工房で製造されるものによって、だんだんと黒ずんでいったんだそう。

そう、ここは三重県鈴鹿市寺家にある、墨づくりの工房です。

「鈴鹿墨」

1200年以上前から鈴鹿の地で作られているといわれ、
墨としては唯一、国の指定する伝統的工芸品です。

「かつて都のあった場所の近くでは、必ず墨が作られていたんですよ。
公文書に欠かせないものでしたから。この界隈にも7~8軒の墨屋がありました」

そう話すのは現在、鈴鹿墨を生産する唯一の工房、
進誠堂の3代目、伊藤亀堂さん。
気さくな笑顔と豪快な話しぶりが印象的な方です。

江戸時代、墨が一般大衆にも用いられるようになると、
製墨に必要な松や弱アルカリ性の水に恵まれた鈴鹿は、
紀州藩の保護のもと、墨づくりが飛躍的に発展していきました。

「バブル期には飛ぶように売れていました。
子供の習い事といえば、そろばんか習字だったでしょ」

しかし、子供の習い事も多様化し、徐々に需要が低迷。

墨の代わりに簡易な墨汁が用いられることも増え、
一軒、また一軒と、墨屋は姿を消していったそうです。

「ネットのニュースで、鈴鹿墨衰退の記事を読んだんです。
1200年続いてきた伝統がここで途絶えてしまっていいのか。
居ても立ってもいられなくなり、実家へ戻ってきました」

伊藤亀堂さんの息子で、進誠堂4代目の伊藤晴信さんは、
東京での仕事を辞めて、2010年に帰郷しました。
今では中国市場の開拓など、鈴鹿墨の発展に尽力しています。

こうして親子で励む製墨は、早朝4時頃から始まります。

「墨づくりは、寒い冬の時期だけなんです。
それも早朝の空気が乾燥している時間が、一番適しています」

晴信さんに、その一部始終を見せていただきました。

墨の原料は、様々な木から採取する煤(すす)と、
膠(にかわ)と呼ばれる、動物の皮や骨から抽出されるコラーゲンを濃縮したもの。

この膠を水で溶解したものと、煤と香料を混合し、
入念にもみ上げていきます。

「はじめは簡単にできると思っていましたが、大間違いでした。
すりやすい墨を作るためには、このもみ上げの工程が大切で、
中の空気を抜いて、柔らかく仕上げなくてはなりません。
最初の頃は、筋肉痛で体がバッキバキでした…」

もみ上げた墨玉は、艶やかに黒光りしています。
原料が均等に練り上げられ、この光り輝く瞬間の見極めが大切なんだそう。

これを型入れして、万力で挟むこと10分。

型から外すと、見慣れた墨が姿を現しました。

ただ、まだこの時点では墨はまだ柔らかい状態です。

ここから灰をかぶせて徐々に水分を除き、
それをさらに室内干しで2~4カ月乾燥させていきます。

墨は寝かせれば寝かせるほど、人の手では取りのぞけない不純物が抜け、
より純度の高い墨へと変化していくのだそうです。

そして、磨きをかけ、装飾を施して、
ようやく墨として市場に流通していきます。

「日本の墨は"正直"だと、中国では褒められます。
むこうでは乾燥過程で曲がったものなども、多くありますからね。
まぁ、こんなもんでいいか、とならないものづくりが、日本らしさだと思っています」

晴信さんがそう話すように、
鈴鹿墨は原料加工から製品化まで、妥協を許さず一貫して行われていました。

「他の産地では分業制が敷かれているなか、この一貫製造こそが、
一つひとつ、異なる墨を作ることができる産地の特徴でもあるんです」

それに気付いた3代目の亀堂さんは、墨の需要を拡大すべく、
これまで、「1分ですれる墨」「にじまない墨」など、
より使いやすい墨を作り出していました。

なかには、こんなものまで。

多種多様な植物の煤を使った墨や、
煤の代わりに顔料を加えることで実現した、ラメ入りのカラー墨です。

「書道以外にも使えるということを示したかったんです。
気付いたら身の回りにある存在であってほしい」

そんな亀堂さんの想いに応えるかのように、
晴信さんが、墨を使った香袋や墨染めなども商品化していました。

「これからは今一度、原点に立ち返って、墨づくりをしていきたいんです。
命名、遺言、家系図など、人生の大事な節目では必ず墨を使ってもらいたい。
そのために、書道のハードルも下げなくてはいけないし、常に新しい墨を追求していきます」

代々、守り継がれてきた鈴鹿墨は、
親から子へ、さらなる可能性を広げて、つながれていこうとしていました。

思えば、年初めの書き染めでも、墨をすりながら精神を統一し、
今年の抱負を考えている自分がいることを思い返しました。

墨をする時間というのは、何かを記す時にふと立ち止まって考えられる、
貴重な時間ではないでしょうか。

そこには、墨匠たちの、
細やかな配慮と繊細な技が宿っていることを忘れないようにしたいです。

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  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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