気持ちいい街づくり
東西に約128km、南北に約220kmと広い長野県。
各地域の異なる気候風土により、北信、東信、中信、南信と4エリアに分けられるほど、
なかなか一括りにまとめて表すことのできない県です。
そんな中に、興味深い発展を遂げている街が2つありました。
1つは中信の松本市。
かつて、松本城を中心とした城下町として栄え、
いまだ街並みはその時の風情を残しています。
その多くは、民芸品・工芸品を扱うお店が占めているんです。
手仕事の日用品の中にこそ「用の美」があると、
20世紀初頭、柳宗悦を中心に始まった民芸運動に、
松本出身の池田三四郎が加わり、
その運動を広げていったことに由来するそうです。
そんな歴史がある町ゆえに、街の人の懐も深く、
全国から工芸師が集まる町として発展しました。
一方、善光寺の門前町としての風情が残るのが、長野市。
松本市の城下町の雰囲気とはまた異なり、
善光寺参拝の宿場町として栄えていた雰囲気が漂っています。
ただ、昨今では、古くなった空き家が取り壊されるなど、
徐々にその風情も薄れつつあったそうです。
そんななか、古き街並みを活用しながら、
新しい試みを始める方々にお会いすることができました。
まずは、無印良品のスタッフの方にご紹介頂いた、
「ch.books(チャンネルブックス)」という長野市にある本屋さん。
もともと、同じ出版社に勤めていたという共同経営者のお二人。
青木さん(男性)は、東京のデザイン会社からのUターン組で、
島田さん(女性)は、2年に及ぶ世界一周を経て、今に至ります。
「チャンネルというネーミングは、
ちゃんとアイディアを練る、ちゃんと寝る、といったあたりからきてるんです。
前職ではあまり寝ることができなかったので、
ちゃんと人間らしい生活を送ろうという想いも込めて(笑)」
そう話してくれたお二人のアジトは、
写真では伝わりにくいと思いますが、
なんと築80年ともいわれる建屋を改築したもの。
風情ある佇まいの中では、時間もゆったりと流れている感じがして、
まさに、お二人がいう「人間らしい生活」が送れる空間なような気がしました。
続いて、青木さん島田さんも親しいという
BOOK&CAFE「ひふみよ」さん。
大好きな本とコーヒーに囲まれながら、
おばあちゃんの家のような懐かしい空間をつくりたいと、
古い建屋を改装して、この店を始められたのが今井さんです。
結婚を機に、好きなことを仕事にしようと決め、
奥さまの実家のある長野へとIターンで移り住み、このお店をスタートされました。
お店のコンセプト通り、古い建屋を改装した2階のカフェは、
何とも懐かしい雰囲気が漂っていました。
経営は大変ですが、大好きなことに携われているから幸せ、という今井さん。
「このご縁があったのも、門前暮らし相談所の開催する
"空き屋巡り"に参加したからなんです」
そう今井さんにお聞きし、
"空き家巡り"を主催する「ナノグラフィカ」の清水さんにお会いできました。
ここ門前で20年ほど前から活動している方です。
地元雑誌用の写真を撮ったり、記事を書いたりする仕事の傍ら、
善光寺のそばにある古い民家を利用した喫茶室や空き家巡りなどを
企画・運営されています。
清水さんによると、門前地区が今のような形に発展していったのは、
ここ2~3年ぐらいの話なんだそう。
「自分たちが慣れ親しんでいた古い街並みが
次々と壊されていくのを、見ていられなかったんです。
最初は単純にそんな想いからでした」
事実、昭和30年代には約1万8000人いた門前町の人口は、
平成20年に約6000人にまで減少。
増え続ける空き家が次々と壊され、新しい建物が立ち並ぶ様に
我慢できなくなった清水さんは、まずは空き家の現状から調査しました。
そして、貸出可能な空き家を洗い出し、大家さんと交渉。
そこへ移り住みたい人を募集し、"空き家巡り"のツアーを開催しました。
平成21年から始めたこのツアーは今年の5月で既に16回を数え、
結果、30軒ほど空家への入居が決まったそうです。
驚いたのは、清水さんはそれをすべて無償でやっているということ。
「街づくりをやろう、ではなく、好きでやっていることなんで。
今あるものをうまく使って、違う形で街が進化していければいいなと。
昔を取り戻すのではなく、未来は新しく変化していっていいと思ってます」
そう話す清水さんのスタンスは、あくまでもニュートラル。
「こうしなければいけない」ではなく、「こうなればいいな」
という、自分の中から自然に湧き起こる想いを行動に結び付け、
それに賛同する人たちが、全国から集まりだしているわけです。
その後、行政も巻き込んで、
「門前暮らしのすすめ」という冊子も発行されています。
人々の想いに、行政が後から付いてきているのです。
こうして、若い人々を中心に歴史ある街においても
新しい取り組みが育っていることを知りました。
街の人々の魅力とエネルギーに、奮い立たされるキャラバン隊でした。