小さな蔵の"信"のある味噌造り
日本人の食卓に欠かせない食品のひとつ、味噌。
これまでのキャラバンでも米味噌、麦味噌、豆味噌、合わせ味噌など、
全国各地、その気候風土に合った原料で造られる味噌に出会ってきました。
なかでも全国に広く普及しているのは、日本人の主食の米を使った米味噌で、
実にその4割を長野県で造られる信州味噌が占めています。
かつての信濃国で、味噌づくりが普及したのは、
武田信玄が兵糧として「川中島溜」を造らせた戦国時代以降。
関東大震災や第二次世界大戦で被害を受けた東京に、
信州産の味噌を救援物資として送り、好評を得たことが、
信州味噌が普及していった理由といわれています。
そんな味噌の産地・長野県に、国産原料だけを使用し続ける
こだわりの味噌蔵があると聞いて訪れました。
松本市郊外に、ひっそりと佇む醸造蔵、大久保醸造店。
本物を求める全国の顧客からの注文で飽和状態のため、
地元でも知る人ぞ知る、醸造蔵です。
蔵内には所狭しと、国内産の等級の記載された
大豆・小麦・食塩・米が山積みにされていました。
「味噌、醤油、酒、納豆
、昔はそこで採れる物を使って造ったから、
国産原料なんていうのは当たり前でした。
今も当たり前のことをやっているだけで、
それを実現している人が少なくなったから珍しいだけ。
うちみたいに小さい蔵ならそれができますから」
そのように、あくまでも謙虚に話されるのは、
3代目を担う、大久保文靖さん。
快活な話しぶりとは裏腹に、その謙虚さは、
自身の写真撮影は遠慮してほしいという点にも表れていました。
そして、大久保さんらしさは、蔵の随所からも感じ取ることができました。
蔵内は驚くほどキレイに管理されており、
木桶には漆が塗られているのです。
「かっこいいでしょう。漆を塗ることで長持ちするし、何より美しい。
環境をキレイにしないと、味もキレイなものはできませんから」
大久保さんの衛生管理は、蔵の見えない部分にも行き届いていました。
蔵の壁や地下には、何トンもの炭が敷き詰められているんだとか。
「この炭によってカビくさくならないのです。
江戸城の石垣の土台にも炭化させた木材が敷かれているとか
。
敷地内にそれを施工すれば、自然の力で環境をキレイに保ってくれる効果があります」
また、蔵内でまかなう電灯用電力は、すべて太陽光発電。
蔵に換気扇はなく、自然対流を利用した開閉式天窓から抜ける風が
空気の循環を促します。
そして、地下に構えられた収納庫は、天然のクーラーボックスのようで、
初夏の暑い日に訪れたにもかかわらず、半袖では肌寒いほどです。
「うちの冷却用エネルギーはただですよ」
さらに、全国へ出荷している一升瓶は、すべて回収しているといい、
そこにはすべて、"ゴミ化しない"という
大久保さんの理念が行き届いていました。
「日本は、原発のすぐ隣近所に人が住んでいるような環境。
一升瓶3本のうち1本は原発のエネルギーという計算上、
容器としての瓶は大切に取り扱わなくてはなりません。
外国のような広大な大地じゃないから、ゴミを埋める土地もないでしょ。
環境を保つことが、日本にとってはとても大切なことだと思っているんです」
その環境に対する畏敬の念に感銘を受けましたが、
「自然の力を駆使した醸造蔵にとっては、当たり前のこと」
と大久保さんはサラリと言い切ります。
醸造においても一切、化学的な工程を用いずに、
微生物の力を使って発酵熟成させていました。
こうしてこだわり抜かれた原料で、
長い期間かけて造られた各玄米味噌・米味噌・麦味噌からは、
甘さ控えめながら、濃厚な旨みを感じました。
「人間も自然の一員なんだから、食品も自然が一番。
今、食べている物が、直接血となり肉となるのですから、
人が健康に生きていくための食品づくりが重要です。
生産者の顔の見える原料しか使いたくないから、量はたくさん造れないんですよ」
そう話す大久保さんは、「大豆100粒運動を支える会」の幹事も務め、
全国の小学生と一緒に、大豆を植える運動にも精を出しています。
「私がやっていることはどれも素朴なことですよ。
日本の食文化において大豆は大切な存在。
自国の食文化を大切にしないと、他国からも尊敬されませんからね」
無理をしない範囲で、当たり前に国産原料を使い、
環境と文化を大切にしながら味噌を造り続ける大久保さん。
全国からの引き合いが強いのも、
そんな信念を貫き通しているからに違いありません。