MUJIキャラバン

土の魅力

2012年09月03日

地元に帰ると、心が落ち着く。ほっとする。
お盆に一時帰郷した際にも、なぜかそんな気分になりました。

幼い頃、多くの時間を過ごしてきたその場所には、いつ帰ろうとも、
まるでタイムスリップしたかのように、
昔と変わらない光景、味、やり取りが残っています。

故郷に帰る時に襲われるこの感覚は、
多くの方が感じるものではないでしょうか。

「その土地によって違うものに土があります。
人は、自分の故郷の土に囲まれると落ち着くというか、
土には、なぜかそういったことをもたらす効果があるんですよ」

日田市でお会いした左官(さかん)職人の原田さんは、
長い髭をまとった優しい笑顔でそう教えてくださいました。

左官とは、建物の壁や床、土塀などを、
こてを使って塗り仕上げる職種のことで、
日本のみならず、海外でも多くの従事者がいます。

近年、壁の仕上げには塗装やクロスが利用されるなど、
建築物の工期の短縮化の波に押され、左官仕事の需要が減りつつありましたが、
最近になって、味わいのある手仕事の仕上げが見直されつつあるようです。

原田さんのオフィスは、もちろん土壁に囲まれた空間。
確かにそこには、落ち着いた心地の良い空気が流れている気がしました。

左官によって、使う素材もやり方も様々なようですが、
原田さんが主に使用するのは、昔ながらの自然素材の土と漆喰(しっくい)。

それぞれ別に使うケースもあれば、2つを混ぜて使うこともあるそう。

土は、九州の中でも日田から約1時間圏内で採取可能な
地元産のものを使い、

漆喰には、有明海で採れる貝殻を使用しています。

つなぎとして使うワカメは北海道産、
壁割れを防ぐために加える藁は、なんと自前で生産し、
強度を高めるための本麻は、
以前私たちが取材した栃木の野州麻のものでした。

こうしてすべて自然素材から生み出された土壁には、
丈夫で一つとして同じところのない自然模様ができあがります。

驚いたのが、土の産地によって、
ここまで色合いが違うものが出せること。

これはあくまでも一部分にすぎませんが、
原田さんいわく、その土地によって土の色は異なるそうです。

思えば、土地とは"土"の地と書くぐらいですしね。

「お客さんに色を選んでもらうと、
自ずとその人の土地の土色を選ぶ方が多いんです。
であれば、せっかくなのでその方の地元の土を使ったらどうですか?
と提案するんです。
やっぱり地元の土に囲まれて生活すると、安心しますからね」

かつて日本ではよく蔵に使われた土壁は、
そもそも火に強く、中は外気の影響を受けにくいという特徴があります。

さらに調湿効果にも優れており、
内部は快適な空間を通年保てるんです。

傷ついても何度でも再生可能、というのも、ならではですね。

「ふわっと仕上げる。ザラっと仕上げる。
土の肌をどう仕上げるか、それができるのが日本の左官の特徴です。
それによって中の雰囲気が変わるんですよね。
僕らの仕事は、壁を塗っているんですが
実は、空間を作っている仕事なんです」

とても印象的な原田さんの言葉でしたが、
その後、訪れた原田さんの手掛けた喫茶店で、その意味を体感しました。

その落ち着いた空気と、
どこかモダンさも感じさせる空間。

現代の生活様式のなかにも、自然と土を溶け込ませる。
左官の職人技を感じずにはいられませんでした。

豆田町の酒造

実は上にあげた写真は、日田市街で
酒蔵が運営しているカフェ&パン工房「KOGURA」の店内。

一瞬、聞いて耳を疑いましたが、
日田には酒蔵が営む、天然酵母を使ったパン屋さんがあるんです。

その酒蔵の名は「クンチョウ酒造」

かつて幕府直轄の天領として治められてきた日田の豆田町で、
元禄時代(1702年)より続く老舗の酒蔵です。

この酒蔵では、清酒や焼酎はもちろんのこと、

先述の天然酵母を使ったパン屋から、

酒粕を使ったアイスクリームまで展開しているんです。

これまでも各地の酒蔵を訪ねましたが、
ここまで多角経営をしている酒蔵はありませんでした。

酒蔵を守る冨安さん親子にお話を伺うと、
そこには街づくりと密接に関わる酒蔵の姿が見えてきました。

「日田は立地的にも、福岡、大分、熊本の間に位置し、
昔から天領として栄えてきた風情ある街並みもあります。
ただ、観光客が立ち止まって、一息つくような場所がなかったんです。
そこで、地域の酒蔵として一つひとつできることから始めていったんですよ」

まず手掛けたのは、なんと駐車場の整備。

日田観光の中心地であり、酒蔵のある豆田町には、
それまで大型の駐車場がなかったことから、まずは酒蔵の前の土地を購入し、
大型バスも停まれる駐車場にしたのです。

通常、行政任せと考えがちな仕事を酒蔵が率先して行い、
またそれが功を奏したのです。

私たちが滞在している数時間の間にも、
何台もの観光バスが停まっていきました。

同時に、酒蔵のトイレも整備したことで、
多くの方が酒蔵に立ち寄るようになったといいます。

「そうなってくると、次は一休みしていただける喫茶店。
街歩きしながらでも食べられるアイスクリーム、
という感じに、アイデアが膨らんでいったんです」

アイスクリームは酒蔵らしい吟醸酒粕入りのものが一番人気とか。
今では喫茶店で、地元の作家さんの民芸品も扱っていらっしゃいます。

「顔の見える酒蔵を目指しています。
町でも古い歴史を持つ酒蔵なので、
街づくりのなかで酒蔵が果たせることもあるんじゃないかって」

そう話す女将の冨安裕子さんは、
街づくりの様々な委員会にも顔を出しているそうです。

日田では、日田天領祭りの夜のイベントとして、
3万本の竹燈篭が町を彩る「千年あかり」というお祭りも
平成17年より始まっているそうですが、
裕子さんはこのイベントを仕掛けた人のひとり。

同じ大分県臼杵市の「うすき竹宵」や、
竹田市の「たけた竹灯籠 竹楽」にならったものでしたが、
今では、認知も高まり観光客も多く押し寄せるそうです。

これまで昼のお祭りだけの日帰り客が多かったところ、
夜のイベントを開催したことで、宿泊客が増えたといいます。

「ここから先は、一つひとつのお店の頑張りです。
ネットでもモノが買える時代だからこそ、
ここに来てくれた人にしか味わえない魅力を発揮していきたいです」

クンチョウ酒造では、
単に一所の酒蔵として甘んじることなく、
街づくりのなかの酒蔵として発展をしていました。

  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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