最薄の鋳物
町中でよく見かけるマンホール。
関東の方なら、その蓋に「IGS」という刻印を
見たことがある方もいるかもしれません。
実はこの「IGS」というのは会社名の略称で、伊藤鉄工株式会社のこと。
その伊藤鉄工のある埼玉県川口市は「鋳物(いもの)の町」として知られています。
荒川という水路に恵まれた川口では、一大消費地の江戸に至近だったことから、
鍋・釜・鉄瓶などの産地として名を馳せ、戦時中は軍需関連産業として、
戦後には鋳物生産量が全国の約3分の1を占めるほど栄えました。
現在は、最盛期と比べ工場の数は少なくなりましたが、
町中のマンホールから照明灯、フェンス、車などのパーツに至るまで、
身の回りの多くの金属製品が川口の鋳物で作られています。
そんな川口の地場産業活性化を目的とした、
川口商工会議所のジャパンブランド事業「KAWAGUCHI i-mono」の一環として、
2008年、「Ferramica(フェラミカ)」というブランドが誕生しました。
なんと薄さ2mmという、
鋳物のなかでは最薄といわれる鍋・フライパンシリーズです。
開発者は、先述の伊藤鉄工の松本誠さん。
現在は、子会社として立ち上げた株式会社フェラミカで、
企画・販売までを担っています。
「フェラミカは私の知る限り、日本でしか作れない技術だと思います」
そう松本さんが話される技術とは、
薄くても強度のある鋳物を作るためのもの。
このフェラミカには、「ダクタイル鋳鉄」という、
一般の鋳鉄よりも強度の強い材質が用いられているんです。
「ダクタイル鋳鉄は、強度はありますが、製造上の難点が多々あります。
製品として安定的に供給するためには、いくつか越えなくてはならない壁がありました」
松本さんがまず手掛けたのは、ダクタイル鋳鉄の成分調整。
キューポラと呼ばれる、鋳物工場にはおなじみの溶解炉で、
1500度で溶かされた金属に、マグネシウム合金を加え、化学反応させます。
これを砂で作られた鋳型に流し込むわけですが、
ダグタイル鋳鉄は、流れが悪いため、
この流し込み方に職人の技と感覚が必要なんだそう。
松本さんいわく、コツは「早く静かに!」
鋳型に流し込むと一気に冷却されるため、
そのスピードが遅いと、うまく固まらないんだとか。
その日の天候によっても微調整が必要なため、
手作業による職人技が求められるわけです。
「このように管理工程が多く、製造を安定化させるのが難しいため、
おそらく、ダクタイル鋳鉄で作られた鍋は世界初です」
こうして生み出されたフェラミカは、国内外から評価。
海外の展示会でも、耐久テストと称して地面に落とす実験がされたようですが、
2mmの薄さでも割れることなく、驚嘆の声が聞かれたそうです。
鋳物調理器具の「保温性が良い」「無水調理ができる」という元来の機能に加え、
これまでの「約1/2の重さ」で「丈夫」という機能をフェラミカは実現したのです。
「"うまくいかないから仕方ない"ではなく、"どうしたらうまくいくか"を考える。
これからも難しいことを実現していく会社であり続けたいと思います」
松本さんのいう、この"探究心"こそが、
昔も今も、日本のものづくりの根底を支えているのではないでしょうか。