MUJIキャラバン

ポンピン堂

2013年04月03日

1867(慶応3)年に浅草で創業した、江戸型染屋の「更銈(サラケイ)」は
昭和中期に広い染場を求めて埼玉県に移転。
5代目の工藤資子(もとこ)さんがその技術を引き継ぎ、
現在、さいたま市でご家族と一緒に、工房「ポンピン堂」を構えています。

彼らが作るのはちょっとポップでかわいらしい型染め。

"素材・技法・意匠(日本の文様)"を引き継ぎながらも、
どうしたら今のくらしに合わせられるかを考え、生活雑貨を中心に作られていました。

デザインを手掛けるのは、資子さんの旦那様の大野耕作さん。

「妻にとっては家業だったのでなじみ深かったのですが、
日本の伝統に触れる機会がそれまで少なかった僕には、
型染めの伝統文様が新鮮で、素直にかっこいいと思ったんです」

日本の伝統文様はただの柄ではなく、
そこには人々の想いや願いが込められていました。

例えば、「福良雀(ふくらすずめ)」というこちらの文様は、
ふっくらと太った雀がその年の豊作を意味することから、
"豊かさ"の象徴として、女性の帯によく使われてきたそう。

また、伝統柄と聞いて驚いたのがこちら。

「サイコロ」はどう転んでも目が出ることから、
"芽が出る"の語呂合わせで、"出世開運"の縁起柄とされてきたんだとか。

ある文様を使って別の文様を表す「見立て文様」という高度なものもありました。
これは5つの茄子を梅の花の形に並べた「茄子梅」。

「一富士・二鷹・三なすび」でも有名な茄子は、物事を"成す"の語呂合わせから、
縁起の良い模様とされており、"心願成就"の縁起が込められています。
一方、梅の花は学問の神様・菅原道真公の象徴とされることから、
"学業成就"の縁起が重ねられた文様だそう。

日本の家紋も伝統文様が発展していったものといい、
デザインの際に紋帳を参考にすることもあると、大野さんはいいます。

「200~300年続いてきた柄ってすごいですよね。
自分がそれだけ続くデザインを作れるかっていわれたら…。
昔の人はモチーフの意味まで分かって使っていました。
奥行きのあるこの文化をきちんと伝えていきたいと思っています」

そう大野さんが話すと、奥様の資子さんが付け加えました。

「製作にあたっても、一つひとつストーリーを話せるように心がけています。
型染めのよさを出せるように、効率を求めすぎないことを大切にしていますね。
和紙の型紙ともち糊を使うことで、独特のゆるやかな線を出すことができるんです」

型染めは、布の上に型紙を置き、防染部分に糊(のり)をのせます。

型紙は和紙を柿渋で加工した地紙に模様を彫刻したもので、
糊はもち粉と米ぬかから作られ、刷毛はシカの毛でできたもの。
昔からの技法のため、道具もすべて天然素材でできていました。

一つひとつ手仕事で作られる「ポンピン堂」の型染め。

「商品を作っているのではなく、
メッセージを届ける媒体を作っているという意識でやっています。
伝統に興味がなかった人にこそ、これをキッカケに
日本文化に興味をもってもらえればいいなと思っています」

「ポンピン堂」=
「日本(ニッ"ポン")の逸品(イッ"ピン")」

その想いは、「ポンピン堂」の名にも表れていました。

  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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