羊飼いになった営業マン
これまでの旅路でも、数々のおもしろい方にお会いしてきましたが、
島根では、東京勤務の営業マンから羊飼いに転身された方に巡り合いました。
東海林誠(しょうじまこと)さん、36歳。
3年前に移住され、現在は役場で定住コーディネーターを務める傍ら、
羊飼いとしての道を歩まれています。
「羊飼いができる土地を探すこと約3年。
ここはようやく見つけた場所なんです」
東海林さんが選んだ先が、
島根県のほぼ中央部に位置する人口約4000人の小さな町、川本町。
東海林さんはここに至るまでに、
北海道、岩手、群馬、香川など、全国のファームを渡り歩いて、
結果、この地にたどり着いたんだそう。
「ここには、果樹園などでのびのびと暮らす羊の姿がありました。
考えてみれば昔は当たり前の風景なのですが、
私にとっては初めて見る光景で心躍りました」
中国山地に覆われた島根県は平たん地が少なく、
羊はすべて下草刈り作業の代わりと羊毛用に飼われていたのです。
この羊たちと共存・循環している風景こそが、
東海林さんの求めていた風景でした。
定住を決め、土地を借りて牧場をスタートしようとした矢先、
もともと、牧場を運営していた方から、
「羊を飼うのも高齢のためつらくなってきたので、
羊は譲るから引き受けてくれんか?」
と頼まれたんだそうです。
こうして、東海林さんの羊飼い生活が急展開で始まりました。
そもそも東海林さんがこの道を志したのは小学校3年生頃から。
「動物好き」「仲間好き」という単純な理由から、
「将来の夢は牧場経営!」と決めていたんだとか。
とにかく楽しかったという高校2年の時のファームステイで、
その道に進むことを決めた東海林さんでしたが、
親から反対を受け、しぶしぶ大学へ進学。
大学時代も、夏休みを利用して牧場でアルバイトなどするなか、
東海林さんにとって衝撃的な出会いがあったそうです。
一つは、羊との出会い。
糞の付いたお尻を地面にズリズリとこすりつけている羊を見て一目惚れし、
一生、羊たちと過ごしたいと思ったんだそう。
もう一つは、飼育専用スタッフに言われたひと言。
「最近は都会の人が脱サラして農業を始める人が多いが、
生まれた時から農業に携わっている自分たちが伸び悩んでいるのに
うまくいくわけがない!」
東海林さんは、言い返す言葉が見つからなかったそうです。
この時、東海林さんが胸に誓ったのが、
「羊牧場を都会の人だからこそできるやり方で成功させる!」
ということ。
急きょ、予定を変更して牧場就職をやめ、まず都会でやれることをと、
食品流通と販路の確保のために、野菜市場に就職。
家業の会社でも、商品の企画・開発・販売などに携わり、
満を持して、羊牧場の道へと突き進まれたのです。
こうして培われた力を活かし、現在では、
町でかねてから行われていた羊毛の加工産業の振興とともに、
あまり文化としてなかった食用としての羊の出荷など、
町の新たな産業興しにも挑戦されていっています。
「収入はまだおぼつかないですが、
やれることがやれている幸せはこの上ないです」
と語る東海林さん。
羊10頭と猫のサクラに囲まれながら、家庭菜園も耕し、
小学校からの夢を実現させていっています。
最後に、田舎への移住に対する心構えを伺いました。
「まずは目的を置くこと。田舎暮らしはそう甘くありません。
なぜ田舎で暮らしたいかの理由を明確にしないと、
理想とのギャップに心が折れてしまうこともあります。
ただ、まずは一歩踏み出して、各地をその目で見てみること。
そうすれば自ずと縁が生まれていくものです。私もそうだったように
」
夢を叶えながら、現実を歩みつつある東海林さんの言葉には
重みがありました。