葉っぱと共にイキイキと
「明るく元気に100歳まで長生きするわ~♪」
満面の笑顔を見せながら、そう元気に話される西蔭さんは、
今年でなんと75歳を迎えられます。
その年齢を感じさせないイキイキとした姿に、驚きを隠せない私たちの前で、
今度は「プルル プルル」と携帯が鳴りだします。
「注文入ったかしらね~」
と、おもむろに携帯を取り出す西蔭さん。
画面を見せていただくと、1通のメールが届いていました。
「新しい注文があります。◆南天(ジャンボ) 1ケース」
「ほな取っておこうかね~」
そういいながら、今度はパソコンに向かいます。
「画面が更新されるのが遅いんよな~」
とつぶやきながら、トラックボールで巧みに画面を操ります。
「えい!」と気合を入れてクリックすると
画面には
「残念! 注文を取ることができませんでした」
の文字が!
「ありゃ~!」
ショックのあまり、作業中の葉っぱを散乱させてしまいました。
「私、のんびりした性格だからね~。あっはっは~!!」
一緒になって笑いながらも、
目の前で起きている事象が信じられないでいると、
「畑に出ている時は、これを持ち歩くの」
といって、西蔭さんが出してきたモノは
なんとタブレット端末です!!
75歳のおばあちゃんが、まさか携帯、パソコン、
タブレット端末までを使いこなされるとは
。
西蔭さんが取り組まれているのは、徳島県上勝町の
(株)いろどりが運営する通称"葉っぱビジネス"。
自宅の裏山や畑で栽培した花木の葉っぱを摘んで、
それを料理の"つまもの"として出荷しています。
全国の飲食店等からいろどりに葉っぱの発注が入ると、
「注文」という形で会員農家の端末に連絡が入ります。
それを受けた130~40軒の会員農家のあいだで、先述のような
注文の先取りがネットを通じて行われているのです。
今では時期ごとに、何の葉っぱの注文が入りやすいかまで、
農家のおばあちゃんたちが独自に分析をしているんだとか。
まるでマーケットの予測を立てるトレーダーさながらの姿ですね。
その日の自分の売上ランキングも、毎日チェックしているんだそう。
最高90歳のおばあちゃんまでもが、
同じように取り組まれているというから更なる驚きです。
「このビジネスによって、
町のおばあちゃんたちがイキイキと輝き始めました」
同じくイキイキした表情で、快く取材に応じてくださったのは、
(株)いろどりの代表取締役社長、横石知二さん。
この方こそ、葉っぱビジネスを起こされた仕掛け人です。
事の発端は1981年のこと。
上勝町役場に就職し、地元の農協に配属された横石さんを、
記録的な異常寒波によるミカン畑の壊滅という事件が襲います。
町の農業をどう立て直すか?
使命感に燃える横石さんは、たまたま立ち寄った難波のお寿司屋さんで、
料理に添えられていた"つま"を大切そうに持ち帰る女性客の姿を目撃。
その瞬間、横石さんはひらめいたといいます。
上勝町に戻り、農家の方にアイデアを説明するものの、大多数が反対。
それでも賛同してくれた4軒の農家とスタートを切るものの、
当時"つま"は料理人が自分で摘んでくるもので、そうしたビジネスもなかったため、
全く売れない多難な船出だったそうです。
どうしたら売れる"つま"になるのか、
横石さんは自腹を切って、ひたすら料亭に通いつめます。
葉っぱの種類、色、形、大きさなど徹底的に研究を進めながら、
それを農家の方たちと共有し開発を進めると、徐々に売れ始め、
事業に参加する農家も増加。
現在ではなんと年商2億円を超える、町の重要な産業にまで成長しました。
「おばあちゃんたち一人ひとりのツボを知っていたこと。これに尽きます」
葉っぱビジネスの成功の秘訣を、横石さんはそう語ります。
「他の会員には負けたくない」という競争意識と、
経営者のように自覚を持って取り組んでもらうための仕組みが、
おばあちゃんたちの自発的な行動を促したのです。
横石さんは、おばあちゃんたちのやる気を最大限引き出すために、
他にもこんな取り組みをしていました。
前日からのトレンドや当日の目標を綴った、
手書きによる一斉FAX。
そして、会員農家さんしか読むことのできない、
横石さんのブログ、ならぬ、「見たら得する情報」の投稿。
今や講演などで全国を飛び回る横石さんですが、
旅先からも情報をアップデートされていっています。
「経営者にとって一番大切なことは、
生産者(労働者)との距離感だと思っています」
そう話す横石さんは、ビジネスが軌道に乗ってきた頃、
事業から退こうと考えたこともあったそうです。
そんな時、生産者代表のおばあちゃんが、嘆願書と全会員農家の署名を持って、
運転して帰路につこうとする横石さんの前に現れ、こう言い放ったんだとか。
「帰るんだったら、私を引いてくれ。
あなたがいなくなったら、私は生きている意味がない」
今でも宝物だという、その時の「嘆願書」と「署名」を、
特別に見せていただきました。
そこには、横石さんと農家のおばあちゃんたちとのあいだの、
言葉では言い表せないほどの、絶対的な信頼関係の証が記されていました。
葉っぱビジネスという、一見シンプルに思えるモデルですが、
長年かけて構築された仕組みと、
横石さんと生産者らの強固な関係があってこその結果でした。
そんな上勝町では現在、未来の子供たちに豊かな大地を引き継ぐために、
2020年までにゴミの焼却・埋め立て処分をなくすための活動
「ゼロ・ウェイスト」にも取り組んでいっています。
できる限りのリサイクルを実現するために、
34分別したゴミの完全持ち込み制を導入。
「量り売り」のお店もオープンするなど
ゴミを極力出さないようにするための活動も始まっています。
高齢者が生涯イキイキと働き、
その環境を守るための活動にも積極的な町、上勝町。
日本の目指すべき社会が、そこにありました。