築地の仲買人
人々が寝静まるころ、活気づきはじめる町、
銀座から目と鼻の先にある東京都中央卸売市場「築地市場」。
荷物運搬用のターレーがびゅんびゅんと飛ばす先には、
深夜にもかかわらず各地で水揚げされた水産物が、
次々に搬入されてくる光景がありました。
この築地市場はもともと、昭和10年(1935年)に
日本橋にあった魚市場と京橋にあった青物市場が移転し誕生。
都内に11ある東京都中央卸売市場のうち、最も古い歴史を持ち、
特に水産物については世界最大級の取り扱い規模を誇ります。
高台から築地市場を拝むと、扇形の建物に囲まれているのが分かりますが、
かつて、ここには線路が引かれ、
列車によって各地からの産品が運ばれてきたそうです。
老朽化のため、豊洲への移転も検討されているようですが、
都心の中心に構えるその様は、まさに中央卸売市場。
そこに集められる水産物は、全国はもちろんのこと、
世界で水揚げされた魚介類です。
ありとあらゆる水産物が取引される築地市場は、
他の市場で取引するにあたっての参考となる価格が決まる
建値市場としての役割も果たしているそうです。
「ここには、世界中の水産物マーケットの縮図があります。
証券取引所じゃないけど、築地が崩れたら他の市場にも影響が出る」
そう話すのは、築地の仲卸業者「音幸」の見市哲也さん。
さかのぼること江戸時代から、漁業に関わる家系に生まれた
生粋の水産物仲買人です。
築地では、各地で水揚げされた水産物を取り扱う「大卸」がいて、
そこから買い付ける「仲卸」が、スーパーや飲食店へと卸しています。
「最近じゃスーパーのバイヤーも直接、築地に買い付けに来ることもありますが、
ここでは魚の目利きが勝負。仲買人は、その目利き力が信用につながる」
アジ一匹に対しても、見市さんの鋭い眼光が光ります。
ただ、それでもさばいてみるまでは分からないのが生き物の性(さが)。
そこは、大卸とのコミュニケーションで、魚の良し悪しを見抜いていくんだそう。
男の世界らしい、快活なコミュニケーションには、
長年、積み上げられた信頼関係を感じます。
実際に音幸が仕入れたアジは、その信頼関係に裏打ちされた逸品でした。
そして、明け方5時過ぎ。
築地の舞台は、マグロのせり市へと移っていきます。
せり場へは基本、このタグを付けた業者以外は入場することができません。
しかし、外国人観光客からの見学希望者が多いため、
朝5時に配布される整理券を獲得できた先着120名のみ、
特別に見学することが許されます。
訪れた日も、明け方3時には定員に達するほどの人気ぶりでした。
せりが始まるまでのあいだ、バイヤーはその日の入荷状況や、鮮度、品質を見定め、
あらかじめ買いたい品物を選び、価格を見積もる姿がありました。
今年も年初めに史上最高値を更新した青森県大間産をはじめ、
アジア諸国、中南米、ヨーロッパと世界中の産地から届くわけですから、
日本がどれだけマグロの一大消費地なのかを実感します。
「カラーン、カラーン、カラーン」
一斉に奏でられる鈴音で、せりがスタート!
せり人の威勢のいいリズミカルな掛け声のもと、
あれよあれよとマグロが売られていきます。
気付けばものの10分ほどで、100本は優に超えるマグロがさばかれ、
次々と戦利品は運び出されていきました。
持ち場へ届けられたマグロは、職人たちの手によって一気に解体され、
最終的には切身となって、
寿司屋をはじめとした飲食店や魚屋、スーパーに並ぶのです。
普段、新鮮でおいしい魚に私たちがありつけるのは、
一般の人が寝静まるころに活動する、魚河岸の職人たちがいてこそなんですね。
最後に見市さんは魚河岸で働く想いを、こう語ってくれました。
「漁師、大卸、仲買人、バイヤー、飲食店
。
すべてが一体となって、はじめて成立する魚市場。
男社会で威勢の良い雰囲気ですが、そこには絶対的な信頼関係が大切なんです。
そして、もっと一般の顧客にも開かれていく必要がある。
四方を海に囲まれた日本の魚食文化を、これからも支えていきたいと思っています」
昼夜逆転した生活で、体力勝負の魚河岸の世界も、
人の想いと信頼関係で成り立っていることを知りました。
そして、豊洲への移転も検討されている築地市場は、
日本を代表する、より"開かれた"中央卸売市場として、
これからも発展していくことを願ってやみません。