文庫革
書籍や身の回りの大切な物などを保管しておく、文庫箱。
貴重品を箱に入れてしまうという習慣は古代からあり、
その昔は、木や紙の箱に漆を塗っただけのものでしたが、
皮なめしの技術が確立すると、革を貼ったものも作られるようになりました。
皮革産業が古くから盛んな兵庫県の姫路では、
江戸時代中期〜後期にかけて、藩の財政が厳しくなり、
革を生かした工芸が発達します。
真っ白な革を使用して独特な加工を施す、姫路革細工というものです。
この姫路革細工は、その後、一大消費地である江戸に"文庫革"として伝わり、
関東大震災前までは、5軒ほどの工房が東京にあったといいます。
今回訪れた、墨田区にある『文庫屋「大関」』は、
現社長の田中威(たけし)さんの祖父が昭和初期に創業した、
現在東京に唯一残る、文庫革の工房です。
文庫革の製造工程は、まず、姫路でなめされた白皮に
"しぼ"と呼ばれる革の揉みじわを入れた後、
プレス機を使って柄の型押しをしていきます。
現在使用されている型は、銅板のものが中心ですが、
戦前は木版、戦後はマグネシウム板と素材も変化してきました。
型押しが終わると、次に"彩色(さいしき)"という工程で、
皮革専用の絵の具を使って、一筆ずつ色をさしていきます。
「8色の絵の具だけで、無限に色を創り出すんですよ。
同じ色を作るのが難しかったりもしますが」
とは、その道45年のベテラン・大関春子さん。
一時、大関さんが唯一、彩色の後継者だった時期もありましたが、
ネットで文庫革の存在を知った人たちが集まり、
現在は複数名のお弟子さんと一緒に作業をしています。
続いて、"さび入れ"と呼ばれる工程。
色止めをした後、革の表面に漆を塗り、
仕上げに"マコモ"という植物の粉をふりかけて定着させます。
すると、色を塗らずに残しておいた部分にマコモの茶色の色が入り、
独特の風合いが生まれるといいます。
(写真下右:さび入れ前、写真下左:さび入れ後)
「マコモが入ることでそこが影の役割を果たし、
色を乗せた柄の部分が浮き上がって見えます。
古びをつけるというのですが、これですごく味が出てくるのです」
初めて聞きましたが、マコモとはイネ科の植物で、
田中社長いわく、鎌倉彫りにも使われているものだとか。
「兵庫や大阪にも姫路革細工の工房は何軒かあるけれど、
さび入れをしていない所もあるといいます。
私は"さび入れ"が文庫革の面白みだと思っているので、
そこだけは変えずに守っていきたいですね」
文庫屋「大関」はこれまで卸し売りが中心でしたが、
それだけでは文庫革についてお客様にきちんと伝えきれていない
と、
一昨年、念願の直営店を浅草に出店しました。
お店を訪れると、浅草寺のすぐ近くということもあり、
平日の昼間でしたが、観光客や外国人のお客様で店内は混み合っていました。
ズラリと並ぶ色とりどりの柄を目の前にすると、
思わず「どれにしようかな〜」と選びたくなり、心がわくわく躍ってきます!
デザインはおじいさんの時代から使っているものもあれば(写真下左)、
田中社長が手掛ける新しいデザイン(写真下右)もあります。
「色や柄は時代によって好みが変わる。
バリエーションを持つことで、幅広いお客様の要望に応えたいと思っています」
そう話す田中社長に文庫革の魅力を聞いてみると、
次のような答えが返ってきました。
「文庫革は『迷って選んで使って楽しめる革工芸』だと思うんです。
人に見せたくなったり、また欲しくなったりする、
使っていて"楽しい!"と思えるものってなかなかないと思いませんか」
「お客様の手に渡って喜んでもらってこその
ものづくりだと思っています。
そのためにも、この程度でいい、ではなく、
今後も、もっともっと文庫革の良さを伝えていきたいですね」
もともと大切な物を仕舞っておくための箱に使われていた文庫革。
それは貴重品を大事に保管しておくための保護の意味合いだけでなく、
きっと大切な物だからこそ、好みのわくわくする柄に包んでおきたい
という人々の願いが込められていたのではないかと思います。
そして、その想いは、お財布や手帳、ブックカバーなど用途を広げながらも、
しっかりと現代に引き継がれていました。