紀州備長炭
旅の序盤、栃木で取材させてもらった「下野菊花炭」。
くぬぎを原料に低温で焼かれる"黒炭"で、
樹皮も残り、軟らかい仕上がりでした。
その切り口が菊の花のように美しいことから「菊炭」とも呼ばれ、
火着きもよく、茶道の世界で重宝されています。
一方、焼鳥屋やうなぎ屋など、炭火を使う店先で、よく目にする「備長炭」の看板。
高温で焼き締められる"白炭"で、硬くて火持ちがよく、
調理用の炭として重宝されています。
そんな備長炭発祥の地・和歌山県、
その中でも紀州備長炭生産量日本一の日高川町を訪ねました。
人里離れた山中に、炭焼き窯は点在していました。
「煙が出るから、あまり人里に近いわけにいかんわけです」
田中孝(たかし)さんは、その道30年以上の製炭業のプロ。
備長炭の"備長"とは、紀州・田辺藩(現田辺市)の商人、
備中屋長左衛門が販売したことに由来するんだとか。
現在では、その製法が伝わった高知で"土佐備長炭"、
宮崎で"日向備長炭"が作られています。
紀州備長炭の原料は主にウバメガシと呼ばれる、
紀伊半島南部に多く生息する繊密で極めて堅い木材。
主に樫の木が用いられる"日向備長炭"と比べると、さらに堅い印象です。
曲がった枝の角に切れ目を入れて、木製のくさびを挟むことで真っ直ぐにして、
これを自家製の窯の中で縦にくべ、3日間かけて徐々に蒸していきます。
「土佐備長炭の方では、同じウバメガシを用いながらも横にくべる。
このやり方は紀州備長炭の特徴やな」
縦にくべる方が、木内部の水分が抜けやすく、高い温度で焼成できるそう。
こうして徐々に乾燥させた木を、窯口を閉めて蒸し焼きにし、
その後、徐々に窯口を広げて酸素を送り込み、炭化を促すのです。
この時、窯の温度は1000度以上。
自然と対話しながら、天候によって窯の加減を最高の状態を保てるか。
炭焼き師の腕の見せどころです。
そして、徐々に窯から出し、素灰をかけて消火。
ゆっくりと温度を下げ、完成した炭は、
もともとのウバメガシの大きさの1/7程度に縮んでおり、
叩くと金属音のようなキーンという音が響きました。
こうして焼き締められた炭は、着火しにくいものの、
火持ちがよく、煙が出にくいことから、
料理に雑味を与えずにじっくり焼けるのです。
また一見、内部に隙間がないほど焼き締まっているように見えますが、
実は、その内部には無数の小さい空洞が通っていました。
端に石鹸水をつけ、息を吹き込むと、ほらこの通り。
空洞から息が伝わり、細かい泡ができました!
水道水に備長炭を入れておくとカルキ臭が抜けるとか、
部屋に置いておくと消臭効果があるなどいわれるゆえんは、
この細孔に化学物質が付着しやすいためだそう。
時代に合わせて炭の用途は変化してきています。
「これは私の父が焼いた炭です。重くて堅いでしょう。
今の時代、ここまで焼き締めてしまうと、着火しにくくて好まれない。
使ってもらう人に合わせて、炭づくりも変化させていかなくてはならないんです」
田中さんと窯を並べる和歌山県木炭協同組合の副理事長でもある、
日高川町紀州備長炭保存会の会長・足川修さんは、
炭を見つめながらしみじみとそんなことを話してくれました。
伝統製法を守りながらも、時代のニーズに柔軟に対応していくことは、
どの業界においても必要なことなのかもしれません。