棕櫚たわし
掃除・洗い物・料理などに欠かせない、
くらしの道具、「たわし」。
現在、市場に出ているたわしの多くは海外製ですが、
今も国内で生産し、一部、原料も純国産にこだわる生産者がいると聞き、
現場を訪ねてきました。
舞台は、和歌山県の北部沿岸部に位置する海南市。
車で走っていると、山の斜面に
南国の空気を漂わせる植物が生えているのに気付きます。
このヤシ科の植物こそが、元来のたわしの原料である
「棕櫚(しゅろ)」でした。
棕櫚は、廃棄する部分がないといわれるほど、
利用価値の高い樹木として、古くから様々な道具に加工されてきました。
葉はハエたたきや草履に、棕櫚の木はお寺の鐘つき棒などに、
また、種は薬に用いられてきたそう。
そして、耐水性、耐腐食性に優れている、棕櫚皮の繊維は、
たわしやほうき、縄などに使用されてきました。
しかし、大量生産・大量消費の時代になると、国内での原料不足により、
海外産のヤシの実の繊維(パーム)に依存することに。
「うちも一時期は、パーム製のたわしを作っていました。
でも棕櫚の良さには敵わない」
そう話す、髙田耕造商店の代表・髙田英生さんに、
たわし作りの現場をご案内いただきました。
まず、毛捌き機を使って、棕櫚の皮の繊維を整えます。
太さのそろった繊維は、まるで馬の毛のようです。
続いて、短くカットした繊維を針金の間に均一の厚みになるように広げていきます。
この時、繊維の絡みをほぐしながら、適度な量を見極めるのが職人技。
この工程が、後から繊維が抜けにくく、
風合いの良いたわしに仕上げる1番のポイントだとか。
そして、棕櫚の繊維が均一の厚みに広がったことを確認したら、
コイル状に一気に巻き上げます。
繊維が抜けないようにしっかり巻き締め、
たわし用の散髪機にかけて繊維を整え、U字型に曲げたら、
ようやく見慣れたたわしの形状が見えてきました。
「棕櫚製のたわしは、細かくてしなやかな繊維が汚れをかき出すので、
力を入れなくてもよく落ちる。
硬いというイメージが強いたわしですが、
棕櫚は使い込むとさらに柔らかくなるんですよ」
髙田さんがおっしゃる通り、
これまで持つとチクチクした印象のあった、たわしですが、
棕櫚製のものを手にすると、ふっくらと優しい感覚が伝わってきました。
髙田耕造商店では、用途に合わせて様々なたわしを開発。
もともと棕櫚の皮は、雨風にさらされても大丈夫なように、
強くしなやかな特性を持っています。
そのため、パームたわしやスポンジなどに比べて、
棕櫚たわしは長持ちし、カビなども生えにくいといいます。
最近では、国産棕櫚を使ったボディたわし(写真上手前)が人気だそう。
「忘れ去られていた国産棕櫚を復活させようとした当初は、
周りから全然相手にされなかったんですよ。
それを息子が頑張ってくれましてね」
髙田さんがうれしそうに話してくれました。
髙田家の長男、大輔さんは料理人の道を目指しましたが、8年前に帰郷。
大好きな祖母と車で近所を走っている時に、
棕櫚を見て言われたある言葉に、はっとさせられたといいます。
「棕櫚のおかげで、おばあちゃんは髙田家にお嫁に来られたのよ」
家業の原点、すなわち自分のルーツにあった棕櫚の存在。
「その時、棕櫚山を守ることが、自分のやるべきことだと思ったんです」
大輔さんは、駆け回って、当時を知るおじいちゃんやおばあちゃん達を探しました。
そこで出会ったのが、峰伸汎さんです。
当時、峰さんは、これ以上使い道のない棕櫚をどうしていくか頭を悩ませており、
山を手放すかどうかのちょうど瀬戸際だったといいます。
「大ちゃんに出会うまでは、数十年、誰も棕櫚には構わなかった 」
一度は人々から忘れ去られてしまった、紀州の棕櫚でしたが、
髙田耕造商店の取り組みによって、再び日の目を浴びています。
しかし、大輔さんの挑戦はこれにとどまりません。
「日本で唯一の国産棕櫚を使用した、たわしを作るという夢は叶えられつつある。
ただ、僕の使命は、棕櫚山を再生し守ること。まだまだこれからです」
近い将来、海南市に新しい棕櫚産業が生まれているかもしれない、
そう思わせてくれる大輔さんの言葉と、
これからの髙田耕造商店の活躍に、とてもわくわくしてきます。