MUJIキャラバン

富士山テキスタイルプロジェクト

2013年06月12日

およそ1000年前からあったという、山梨県の繊維産業。

県東部の富士北麓地域一帯は、かつて"甲斐絹(かいき)"の名を馳せ、
明治~昭和初期には、羽織の裏地として全国へ流通し、また海外にも輸出されていました。

「"甲斐絹"は、薄いのに丈夫で奥行き感がある。
日本文化の中でガラパゴス化した究極の絹裏地なんです」

山梨県富士工業技術センター・繊維部の五十嵐哲也さんがそう話す通り、
見せていただいた"甲斐絹"は、
裏地としてはもったいないくらいに美しく、芸術的でした。

「この産地は、日本の中でもアイテム数が非常に多く、
それが強みでもある一方、山梨といえば○○といった知名度がないんです。
海外のトップブランドの生地も手掛けていますが、 OEMが中心なので産地名は出ないですし…」

こうした課題感を持った山梨県では、
5〜6年ほど前から地元織物企業の若手後継者たちがタッグを組んで、
合同で展示会を開いたり、産地のPR活動に勤しんできました。

そうした流れのなか、2009年から行われているのが、
機屋(はたや)と東京造形大学でテキスタイルデザインを専攻する学生が
合同で商品を開発していく「富士山テキスタイルプロジェクト」。

今年3月に行われた、第4回の展示会へお邪魔すると、
そこには色とりどりの目を惹く作品ばかりが展示されていました。

1回目からプロジェクトに参加している、光織物有限会社の加々美琢也さんは、

「今、私たちの地域産業にとって大切なのは、後継者育成です。
分業制が敷かれている産地なので、どこかが欠けると
足並みがそろわなくなってしまう…。
この産地を若い人に知ってもらい、一緒に勉強していきたいと思いまして」

とプロジェクトに懸ける想いを語ってくれました。

戦後に、アルバムの表紙や裏表紙生地の生産から始まった光織物は、
現在は掛け軸用の生地をメインに、
緞子(どんす)と呼ばれるおひな様用の生地を
よさこい衣装や和雑貨用に展開し、問屋に納めています。

「掛け軸はそれ自体が主役ではなく、脇役なので地味なものが多い。
和のテイストを残しながらも、これまでにない配色の小物を作りたいと思いました」

「富士山テキスタイルプロジェクト」は、東京造形大学の准教授で、
テキスタイルデザイナーの鈴木マサル氏がコーディネーターを務めており、
機屋と学生のマッチングを同氏が担当。

加々美さんは、鈴木氏に「色遣いができて、絵が描ける人」と要望を出し、
そこで選ばれたのが、デザイナーの井上綾さんでした。

「大学で染めを勉強してきました。織りのことはほとんど分からないので
光織物さんにお任せしていますが、
『知らないからこそいい』と言ってもらえます。
お互い、できること・できないことを補い合ってできていると思っています」

大学院の1年目からプロジェクトに参加してきた井上さんは、
光織物と一緒に2年間活動し、
「kichijitsu」というオリジナルブランドを共同で起ち上げました。

そして、卒業後の現在も、一緒に仕事をされています。

「日本にしかなくて、私自身も興味がある身近なものを考えた時に、
"お守り"のアイデアを思いついて、加々美さんに提案しました。
最初は『え…』という反応でしたが(笑)」

と井上さん。

こうして誕生したのが、「おまもりぽっけ」でした。

「大切なものを入れるのに使ってほしいですね。
私はお守りと免許証、筆記用具などを入れて使っています」

カラフルで斬新な色遣いがとても印象的ですが、
井上さんは柄の意味を大切にしているといいます。

「一富士二鷹三茄子」といわれるように、縁起物の代表ともされる"富士山"をはじめ、
無病息災の願いを込めたお見舞いや七夕飾りなどとして用いられる"折り鶴"、
魔除けの意味を持ち、輪廻転生をあらわすものともされる"ドクロ"など、
吉祥文様を使うようにしているそうです。

最近では、こんなものも開発されていました。

「GOSHUINノート」と呼ばれる、御朱印帳です。

光織物が神社と仕事でつながっていることを知った井上さんは、
自身が現状欲しいと思える御朱印帳が市場になかったことから、
「これはいけるかも!」と加々美さんに提案したとか。

井上さんが"売れる"商品をデザインし、
加々美さんがそれをできないと言わずに、機元の技術を駆使して形にしていく。

「学生はとんでもないことを言ってきますが、一緒にやっていて楽しいですね。
『毎日が吉日』をテーマに、自分たちもみんなも楽しくなるような
商品を作っていきたいです」(加々美さん)

「"地域発"というのを前面に押しすぎないようにしています。
こんな物語があるんです、というのは後付けでもいいと思っています。
いいものはいいし、悪いものは悪い」(井上さん)

加々美さんと井上さんは今後、富士山をモチーフにした
お土産物を開発していくそう。

富士山の麓、富士吉田市から生まれたブランド、
「kichijitsu」の今後の展開が楽しみです。

富士山テキスタイルプロジェクトでは、「kichijitsu」の他にも
オリジナルブランドや産地ブランドが複数生まれたり、
プロジェクトに参加していた学生がそのまま産地に就職したりと
明るい話題につながっています。

富士工業技術センターの五十嵐さんは、このプロジェクトに関して
以下のように述べています。

「学生たちが現場に来たことで、生産現場がどんなに格好いいか、
生産技術がどんなに素晴らしいかに、生産者たちが気付きました。
まったく違うルールで織物を捉えている"異邦人"同士がコラボすることで
新たな展開が生まれましたね。

今後は個々の企業やブランドを打ち出していって、
結果的に"やまなし織物"が浸透していければと思っています」

"作る産地"から"発信する産地"へ。

かつての産地ブランド"甲斐絹"は、形を変えながらも
しっかりと富士山の麓に根づいているようでした。

  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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