連載ブログ 富士山麓通信
舞台は、東京から約100km離れた富士山の北麓。
自然好きが高じて森の中に移り住んだ研究所スタッフが、四季折々の自然と向き合う暮らしを綴ります。

樹海の紅葉

2012年11月20日

山がお祭りだ! ──何年も前、紅葉まっ盛りの時期に樹海のそばを通ったとき、まだ幼かった子どもが発した言葉です。たしかに、そのときの紅葉は明るく賑やかで、樹々がはしゃいでお祭り騒ぎをしているようにも見えました。
富士山麓通信といいながら、これまで一度も青木ヶ原の樹海をご紹介したことがなかったので、今回は樹海からの紅葉便りです。とはいうものの、このところ年々紅葉が遅くなっていて、残暑が長引いた今年は、色もいまひとつなのが残念ですが…。

松本清張の小説「波の塔」の影響でしょうか。「青木ヶ原の樹海」というと自殺の名所のように思われ、暗く恐ろしいところ、一度入り込んだら二度と出てこられないところ、といったイメージがついているようです。
でも実際の樹海は、想像よりずっと明るく、生命にあふれたところ。遊歩道も整備されていて、地元のボランティアによるネイチャーガイドツアーも行われています。

国道139号線の両側が樹海。外からは、一見ふつうの森です。

遊歩道の立て札

青木ヶ原の樹海は、富士五湖のなかの西湖・精進湖・本栖湖にまたがって広がり、面積は25㎢余り。モミ、ツガ、ブナなど樹齢300年を超えた大木や苔類が溶岩流の上に生い茂っています。

溶岩の上に根っこをむき出しにして生える樹々

「いったん樹海の中に入り込むと磁石も利かなくなって方向を見失う」といわれるのは、別に樹海が魔界だというわけではありません。富士山の噴火で流出した溶岩流が固まっていて、そこに鉄分が含まれているからだといいます。

巨大なコブのように見える木の根

中には、こんなやさしい道も。落ち葉の絨毯を踏みながら歩きました。

どこへ行くにも、お弁当は忘れません。

よく見ると、それぞれの樹には名前を記した札がつけてあります。熱心に眺めていたら、声をかけてきた人がありました。去年まで樹海でネイチャーツアーのガイドをしていたという渡辺さん。樹の名札をつけた、ご本人でした。樹海の中には155種類もの樹木が生えていること。しかし、鹿に樹皮を食べられて枯れてしまう樹も多いと聞きました。いま、富士北麓に生息する鹿は約2万頭とか。どうりで、わが家の庭先にまであらわれるはずです。自然の生態系が崩れ、オオカミなどの天敵がいなくなったことが、異常繁殖の理由でしょうか。

左:樹木の達人、渡辺さん/右:渡辺さんが付けた樹の名札

動物写真家の中川雄三さんは、樹海にせっせと足を運び野生動物のいきいきとした姿を追いかけています。「樹海は生命にあふれた場所」と語る中川さんの写真集を見たとき、樹海に対するイメージが一変しました。中川さんが特にお勧めの季節は、梅雨時の樹海。雨に濡れる苔の美しさは、目を洗われるようだといいます。紅葉狩りに出かけたこの日も、ちょうど雨上がり。梅雨時の苔にはかなわないかもしれませんが、心を洗われる清々しさでした。

雨上がりの苔は色鮮やか

「皆が皆、遠巻きに見た富士山の雄姿に気を取られてしまい、身近な野生生物たちに気づかないでいる」とは、同じ中川さんの言葉。私も富士の雄姿に惹かれて当地へ移り住んだのですが、森の中で暮らしてみて、小さな生命の息づきにどんなに癒されたかしれません。
人間がつくった街で人間だけで暮らす世界は、ある意味、単調で退屈です。自然はとても賑やかで、それだけに、自然と付き合うのは忙しくもあるのですが、その忙しさを楽しめる余裕を持ちつづけたいと思います。

このブログも今回で55回を迎えましたので、この辺でひと区切りつけさせていただきます。長い間、ご愛読いただき、ありがとうございました。
この時季の富士山の写真を添えて、最終回のご挨拶といたします。

樹海遊歩道の終点のひとつ、西湖から見た富士山

精進湖から見た富士山

地元・鳴沢村から見た富士山

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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