連載ブログ 富士山麓通信

暖炉の火入れ

2011年10月26日

白樺や富士櫻、満天星(どうだんつつじ)など森の木々は紅葉の度合いを深め、朝霜も降りるようになりました。
「ちょっと冷え込むね」「そろそろかな...」こんな会話を交わすようになったら、暖炉の出番。夏の間からコツコツと薪作りに励んできたことは8月17日付けのブログ「冬仕度」でもお伝えしましたが、その薪を使う季節がやって来ました。「暖炉の火入れ」です。

左から、紅葉した富士櫻と満天星(どうだんつつじ)。右は、落ち葉の上に降りた朝霜。

「暖炉の火入れ」といって、特に何をするわけでもないのですが、その秋の最初に暖炉を使うのは家族全員が揃う日に、と決めています。「暖炉、つけるよ」と声をかけると、なんとなくわくわくして、進んで協力するから不思議。手分けして部屋に薪を運び込み、その薪を組み(組むというほどオーバーなことでもありませんが...)、みんなが見守る中で点火します。そしてお茶を飲みながら炎を見つめ、つかの間ぼーっと過ごすのが我が家の「火入れ式」。長く厳しい冬を迎える前に、家族が揃って温もりを分かち合う、小さな恒例行事です。

暖炉には、五感に訴えかける温かさがあります。温度や暖房効果だけを数値化するとエアコンや石油ストーブには負けてしまいますが、でも、「なんだか、あったかい」。炎のゆらぎ、薪が燃えるときの音や匂いなど、いろいろな要素がひとつになって、身体も心もゆっくりと解きほぐしてくれるからでしょう。温もりは、五感で味わうもの。薪ストーブ、囲炉裏、火鉢、屋外でする焚火なども、みんなそうですね。

耳を澄ますと、暖炉からはいろいろな音が聴こえてきます。ぼーっ、パチパチ、めらめらというのは、よく乾いた薪が燃える音。しゅーしゅー、ぷしゅー、と小人の国の蒸気機関車のような音を出すのは、水気を含んでいる薪。樹の種類や乾き具合によって、その音はさまざまです。時にはチーチーッという細く長い音がして、それが樹の声のように聞こえてドキッとすることもあります。
匂いも、樹の種類によって、いろいろ。私が好きな匂いは、白樺や杉の木です。

白樺の丸太(左)と、積み上げて天日干し中の薪(右)。干し上がった薪を薪小屋に運ぶだけでも、結構な労働です。

「火を絶やさないようにするのは大変でしょう?」とよく訊かれますが、そうでもありません。家族はもちろんお客さまだって、そこにいる誰かが気にして、黙っていても薪を継ぎ足してくれるのです。それはきっと、火の傍にいることが心地よいから。はるか遠い時代から、人間はこんなふうに火を囲んで暮らしてきたのでしょう。

本当に大変なのは、火を絶やさないことより、ここまでの薪作りと日々の薪を部屋に運び込む力仕事。楽しむためには、それなりの準備も付いてまわるのです。これについては、家に男手があることを感謝するのみですが、その労働すら楽しめるようでないと、森の中で暮らすことはできないのかもしれません。

少しアングルが違いますが、上の写真は左も右も、外から見たわが家です。屋根一面に雪の積もる真冬でも、暖炉の煙突だけは雪を溶かしているのがわかります。下は、真冬に暖炉と併用する薪ストーブ。

ラジオを聞いていたら、配送業の人が「今年は豆炭や練炭などの配送依頼がとても多い」と語っていました。湯たんぽも見直されているようです。3.11の大震災いらい、電気だけに頼って手にしていた「便利で快適な暮らし」のもろさを、多くの人が実感したのでしょう。そういえば、キャスター付きの囲炉裏をつくり、必要な部屋に移動させて、楽しみながら暖をとっている知人もいます。

どこの地域やお宅でも、暖炉や薪ストーブが使えるわけではありません。都会の真ん中では、焚火すらできないのが現実でしょう。でも、ちょっとの不便を覚悟すれば、温度計だけでは測れない「温もり」を手に入れることはできるかもしれません。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

最新の記事一覧