森に咲く花
7月から8月にかけて、高原の森はさまざまな花で賑わいます。お花畑のような華やかさはないのですが、樹上や草むらなど、いろいろなところでひっそりと咲く花たちです。
高い標高のせいでしょうか。それとも開花の期間が長いせいでしょうか。この森には季節が混在しているように見えます。春のクローバーも、初夏のツツジも、梅雨時のアジサイも、晩夏のアザミも、同じ時季に咲いているのです。東京暮らしが長かった私は、はじめのうち、この「季節感」になじめず、とまどったものでした。
4月末から5月初めの、ゴールデンウイークの頃もそう。桃も桜も、ヤマブキも、ツツジも、ほぼ同時期に咲き揃うのです。多くの花がいっせいに咲き誇るという5月の北海道も、こんな感じなのでしょうか。かの地では、開花の精たちが津軽半島の突端で待ち合わせをして、みんなが集まったら「せーの」で津軽海峡を越える、という話を聞いたことがあります。海で遮断されているわけでもないこの森の花の精たちは、どこで待ち合わせしているのでしょう。花たちと話ができるなら、いちばん訊いてみたいのは、このことです。
植物だけではありません。「春告鳥(はるつげどり)、春知らせ鳥」の別名を持つウグイスがもっとも元気な声で啼くのは、この森では梅雨明けから8月半ば。蝉しぐれと競うように、「ホーホケキョ」の声を張り上げます。わが家を購入した直後、地元の工務店に改装を頼んだ時、「ホーホケキョの啼く頃までには仕上げるから」と言われ、こちらは春先に完成のつもりでいたのに、仕上がったのは夏の終わりということもありました。引っ越してみてはじめて、季節感の違いを実感。でも、これがこの森の「自然な」季節の流れなのです。人間も、そのテンポに合わせて生きる方がいいのでしょう。
名前を知らないものも多いのですが、「木の花」も素敵です。樹上でひっそりと咲くそれらは、意識して見ないと気づかないほど。色も白が多く、人目を引くものではありません。そんな地味な木の花に気づかせてくれるのは、蜜蜂や蝶、そして野鳥たち。木の花の蜜を吸う小さな野鳥もいて、この時季の生きものにとって、花たちが命の糧になっているのを感じます。
虫や動物の名前がついた花もあります。蛍袋(ほたるぶくろ)は、昔の子どもたちがその中に蛍を入れて灯りを楽しんだとか。蛍を入れると、提灯のように見えたのでしょう。
「トラノオ」は、長く伸びた花穂が虎のシッポに似ているところから付けられた名前。姿を見ると、なるほどとうなずけるネーミングです。
花はもともと実を結ぶための準備段階ですから、花の咲く森には、おいしい実もあります。この時季は、生で食べておいしいクマイチゴがあちこちに。冬以外はいつも何かしらの自然の恵みがあって、散歩中の喉の渇きや空腹を癒してくれます。
梅雨明けからお盆過ぎくらいまでの森は、さまざまな花が咲き乱れ、一年でいちばん賑やかな季節です。その一方で、ふと目をやると秋の七草のひとつである萩が一輪二輪と花をつけていたり、山ぶどうの蔓が伸びていたり。ひそかに忍び寄る秋の気配を感じることもあります。わくわくするような春の始まりとちがって、どこか寂しくなるのも、この時季。お祭りの後の寂しさに似ているかもしれません。お盆を過ぎれば、夜は暖炉を焚くほど冷え込むこともしばしば。あと少しだけ残された短い夏を、思いきり楽しむことにしましょう。
※野草や木の名前には、思い違いもあるかもしれません。
間違いにお気づきの方は、どうぞ「ご意見箱」までお知らせください。