各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

里山が育む里海

2014年08月27日

鴨川のもう一つの魅力は里海です。
起伏の富んだ棚田の織りなす美しい里山から東へ移動すると、ドーンと太平洋の大海原が広がっています。

日本の渚百選に選ばれた南国ムードの前原海岸、水族館テーマパークの鴨川シーワールド、サーフィン発祥の地であるがゆえ盛んなサーフカルチャー、書籍「日本でいちばん大切にしたい会社2」で紹介された患者満足度が驚くほど高い亀田総合病院、つげ義春の漫画「ネジ式」の舞台となった太海の漁村、日蓮聖人が生まれた小湊地域、房州の伊勢と言われる天津神明宮、黒潮から水揚げされる海の恵等々、昔から変わらぬ漁村の景観とリゾート的景観がミックスしている鴨川の海には独特の雰囲気があります。
空から降った雨水が毛細血管のように里山へ入り込み、滋養に満ちたその水はゆっくりと棚田に染み込みながら、沢から加茂川へ集まり、それから海へと流れていきます。その里山の栄養分が黒潮に注ぎ込み豊かな漁場をつくり、人々に海の恵をもたらす里海へとなるのです。

1300年分の想い

現在、日本中のほとんどの水田には堰やダム、または川から水を引くポンプや用水路が整備されていますが、僕の暮らす大山地区の水田は天水棚田といって、全国でも珍しく雨水だけでお米づくりをしています。そのため、今でも雨乞いのお祭りが盛んで、今年も8月9日土曜日に高蔵神社例大祭が行われました。
今年は我が集落の釜沼民芸保存会が神楽を高蔵神社に奉納する番です。
約1300年前の奈良時代、良弁僧正により大山地区の高蔵山に高蔵神社と大山不動尊は同時に創建され、その頃に稲作が伝わったと言われています。1300年も前から、人々はこの地でコツコツと人力で照葉樹林の森を切り開き、田んぼをつくり、長い時間をかけて人と自然が調和した里山の生活文化を育んできました。
今年のように日照りが続くと、この地域の棚田はすっかり干あがり、もうすでに田んぼの土はひび割れています。しかし、重粘土質の田んぼは保水力が高く、土の奥深くにはまだ水分が残っており、稲は水を求めて土中深く根を伸ばし、何とか頑張って稲穂をつけています。

神楽を踊り、演奏する村人たちの多くは実際に棚田でお米をつくっている農家の人たちです。だからこそ、雨が降ることを切実に望んでいます。天水棚田という土地で生まれた神楽には、1300年分の想いが込められているのでしょう。高蔵神社の山本宮司が祝詞を上げた後、神社の境内で釜沼民芸保存会のみなさんが心を込めて神楽の舞いを奉納しました。音楽や踊りなど芸術とは、本来こうやって生活の中から必然的に生まれてきた、人と自然=神をむすぶ媒体なのでしょう。

神事が終わり高蔵神社を降りて、すぐ下にある大山不動尊でお神輿が登って来るのを待っていると、サァーっと雨が降ってきました。
その雨粒が陽の光に反射して、光のシャワーのようにキラキラと輝いて見えます。
「おおっ~降った降った、やっぱり、さすが大山のお祭だ。」
雨に濡れながらも、みんな嬉しそうに話しています。
先月の鴨川棚田トラストに参加してくれた20代のSさんは、僕の隣で目を丸くして驚いています。 「ええ~マジっすか!神楽を踊ると降るんすかー!うっわ、やっべ~、鳥肌たっちゃた!」

僕も15年前、初めて大山のお祭りに参加した時、神楽を踊っている最中に雨が降り出し、村人たちがそれを当たり前のコトとして話しているのを聞いて大変感激したのを今でも鮮明に憶えています。
毎年、確実にすぐ降るわけではありませんが、科学万能主義の時代にこういう文化が色濃く残っている地域は、日本人にとってとても貴重だと思っています。

人と自然はつながっている

これはスピリチュアルなことでも神秘主義でもなく、ホリスティックに考えれば科学的にも事実ですし、「人と自然はつながっている」ということを僕ら現代人に忘れてはいけないと、里山の夏祭りが教えてくれているように思います。
かつて鴨川を訪れた前滋賀県知事で環境社会学者でもある嘉田由紀子さんは、この上流から下流までの生態系が一つにつながっている鴨川のことを「流域の宇宙」と表現しました。
その加茂川の最上流の水源地が僕の暮らす大山地区で、その聖地が高蔵神社と大山不動尊です。その大山不動尊には、江戸時代に活躍した彫刻家「波の伊八」が彫った龍神が鎮座しています。嶺岡山系と清澄山系にはさまれた長狭平野を泳ぐように流れる加茂川は、里山と里海を結ぶ龍にたとえることが出来ます。加茂川は大日如来の化身であり、水のシンボルでもある龍神となって、大山不動尊の境内から東へ太平洋まで一望できる鴨川全体を見守っています。
里山で雨乞いの神楽を奉納し、雲を呼び恵みの雨を降らせ、棚田を潤し、人々の命を支え、その水がやがて里海となり、再び雲となり、終わりのない生命の循環を形成し、まさに「流域の宇宙」となるのです。

里山と里海が出会う鴨川スローフード

その鴨川の里海に3年前の2011年、里海食堂FUSABUSAがオープンしました。
FUSABUSAのキャッチフレーズは"房総の食材の素晴らしさ、生産者の想いを「美味しい」でつなぐ"です。そして、こう続きます。

"温暖な黒潮がもたらす豊富な魚介、肥沃な大地と良質な水が育む米や野菜。房総には山海の恵みと素朴で誠実な気質の生産者が育んだ、本当に美味しい食材の宝庫です。
FUSABUSAは、房総の食材の魅力を、もっと美味しく、もっと多くの人たちにつなげたい、という気持ちから生まれた房総発のフードブランド。
郷土の伝統的な食文化を大切にしながら、一つ一つの食材と向き合い、その美味しい個性を引き出したい。
日々の暮らしや食卓が気持ち良く、楽しくなるような房総の美味しいを作り出したい。
FUSABUSAは、想いを共有してくださる生産者さんとの出会いを重ねながら、故郷への想いを込めたスイーツやグロサリーをお届けします。"

オーナーの小野薫さんは、僕の暮らす釜沼北集落の出身です。彼女は、東京で食専門のフリーPRとして充実した日々を送っていましたが、一念発起して生まれ故郷の鴨川へUターンし、地元の食材にこだわる里海食堂FUSABUSAを開いたのです。
小野さんは都会で暮らしているうちに、何も価値の無いと思っていた田舎の素晴らしさに気づくようになりました。そして、休日になると房総の生産者を訪ねてまわるようになり、いつしかその素材を組み合わせたスイーツやグロサリーをつくり、地元を応援したいと思うようになったそうです。
ある日、そのことを地元の生産者のおばさんに話すと、こっぴどく怒られたそうです。
「都会で文化だとか何とかキレイゴト言ってんじゃないよ!こっちは、ただこの地で必死に生きてんだよ!」
その一言がガツンと響き、自分も地元へ戻り、地元の生産者と共に地に足をつけて生きていこうと、東京を離れる決心をしたそうです。そして、太平洋の目の前に、その郷土愛をたくさん詰め込んだお店FUSABUSAを開いたのです。
「なんか、勢いで帰って来ちゃったんですよ」と笑いながら話してくれる小野さんの目には静かな覚悟が感じられます。人生、時には勢いも大切で、そういう「時」って、あるものですよね。今の時代、都会から田舎へ行くことは「都落ち」ではなく、新しい人生と望む未来を切り開くための「ポジティブな攻め」なのだと思います。
一度外へ出たからこそ見える地元の長所と短所。そして、都会で養ったキャリアとセンスを持ち帰り、地元の資源と融合させると、今までになかった新しいオリジナルが生まれます。

FUSABUSAのメニューは、サバサンド(鴨川漁港産サバの自家製燻製サンドイッチ)、房総の魚介を煮込んだブイヤベースをパンで食べるのではなく長狭米でたべるブイヤベース飯など、オリジナルのユニークなメニューのほか、地元の磯に生息すするショウジンガニ(通称:磯っぴ)をパスタのソースにしたり、尻高(シッタカ)と呼ばれる巻貝をダッチオーブンでハーブ蒸しにしたりと、魚介類を中心に都会のレストランでは手に入りにくい食材を積極的に取り入れながら、素材感を生かしつつ洗練された一皿に仕上げているのが印象的です。
もちろんお米は長狭米、野菜も地元農家の採れたて等々、どれも地元食材にこだわったここでしか味わえないスローフードです。

スローフード発祥の地であるイタリアでは、ローカルの郷土料理や伝統文化、そして農業や漁業がとても大切にされています。
世界を旅している時、アジアで出会ったイタリア人バックパッカーに、君の国の食べ物で何が美味しいか尋ねると、僕の目を真っ直ぐ見て、瞬時に力強くこう断言しました。
「すべてさ!俺の国の食べ物は全部うまいぜ!」
まるで、そんなことは当たり前だろうと言わんばかりの勢いでした。
その時僕は、このイタリア人はなんて自意識過剰なヤツなんだろうって、なぜだか少し腹が立ちました。いや、でも裏を返せばここまで自信を持って、堂々と自慢できる食文化を持っていることに、僕は嫉妬したのかもしれません。
スローフードとは、伝統的な食材や料理・質の良い食品を守り、質の良い食材を提供する小さな生産者を支え、子供たちを含め消費者に味の教育をすすめるコトを推奨する運動です。
その後、イタリアを旅して驚いたことは、確かにどんな田舎へ行ってもすべての料理がおいしく、食材は地元の新鮮なモノで、地方独特の文化が大切に守られ、美しい農村風景が残り、街の小さな商店がイキイキと存在していたことです。本当に、イタリア人バックパッカーの言う通りだったのです。
我が国のように商店街はシャッター通りとなり、国道沿いは全国展開のチェーン店や広大な駐車場のある大型ショッピングモールが並び、どの地方も同じ顔になってしまった日本とは真逆でした。
また、こんな話も聞いたことがあります。
ドイツの田舎町で、ある親子がお店でリンゴジュースを買いました。お父さんは何種類も並ぶリンゴジュースの中で、少し値段の高いリンゴジュースを買ったそうです。どうしてそれを買うの?と子供が尋ねると、お父さんはこう言いました。「お父さんがこのリンゴジュースを買うことで、この村の美しいリンゴ畑の風景が守られるのだよ」と、お店から見える美しいリンゴ畑を指さしたそうです。
地域の食文化と第一次産業である農林水産業、そして美しい田園風景が守られるのは、政策として守ることはもちろん大事ですが、何より消費者の意識が成熟しなければ実現しないのだと、ヨーロッパで強く感じました。そして、それは家庭で、学校で、地域社会で子供たちへ伝えていくことから始め、やがて社会全体にゆっくりと浸透させていくことなのだと・・・。
時間はかかりますが、日本にもそういう成熟文化を育て、地域の風景と文化を守っていきたいものです。
今からでも、それはまったく遅くはないでしょう。

「食」には社会を変える力がある

FUSABUSAのデザートには、長狭米の米粉と房総産のはちみつを使ったロールケーキの「ふさぶさロール」、南房総市の有機農家「百姓屋敷じろえむ」稲葉芳一さんの平飼い有精卵と低温殺菌牛乳「みよしむらの牛乳」だけでつくった「たまちちぷりん」があります。どちらも保存料や添加物を一切使用していません。
特に「ふさぶさロール」は口に入れた途端、まるで里山が舌の上でとろけるようなやさしい味わいに感激します。明治天皇の即位献上米として指定されて以来、140年にわたり、地元の誇りとして受け継がれてきた長狭米の米粉とはちみつと卵黄を贅沢に使った黄金色の生地は、上質なカステラのような味わいです。そして米粉ならではのふんわり、しっとり口どけの良い感触が、はちみつ入りのミルキーな生クリームと一緒に口の中で溶け合い、絶妙なハーモニーとなり、思わず微笑んでしまいます。
この「ふさぶさロール」は8月29日(金)よりFound MUJI Marketで販売しますので、ぜひ味わってください。

「食は私にとって手段なんです。私は、この土地の"豊かさを伝える場"をつくりたかったんです。」と、語る小野さんの想いが詰まった「場」に直接足を運んで、潮騒を聞きながら里海と里山の嬉しい出会いを「舌」と「肌」で体験してください。
美味しいものを食べて、楽しく、健康になり、地域の生産者も、風景も、伝統文化までも守られ、みんながハッピーになる「食」には、社会を変える力があります。
何も価値の無いただの田舎にしか思えなかった場所が、視点を変えると最高に豊かな場所へ生まれ変わります。
戦後の成長期を経て、今、日本人の豊かさの価値観が変わりつつあります。
そして、その新しい豊かさを発見した人々が、日本中の田舎でステキなコトを始めています。

Photo by Yuka Watanabe,  Yoshiki Hayashi

※以下のメディアで鴨川棚田トラストや林良樹の活動が紹介されますので、ご覧になってください。

・放送局BS11「ウィークリーニュースONZE」 9月14日(日)午後6:00〜6:55
特集 6:15頃より〜(約20分間)
http://www.bs11.jp/news/2143/

・マガジンハウス雑誌 「YUCARI」〜日本の大切なモノコトヒト〜
vol.16 特集「稲と米」 発売日9月20日(土)
http://magazineworld.jp/books/yucari/

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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