地球に、ただいま
今年も鴨川棚田トラストの田植えを大勢の人たちと行いました。
一般の参加者と無印良品の社員を含め総勢58名もの方が、鴨川の里山へ足を運んでくれました。
5月の里山は、甘く清涼なみかんの花の香りが充満し、色とりどりの野花が一斉に咲き誇っています。そして、棚田は空を映す水の階段となり、ホーホケキョとウグイスの澄んだ美声だけが響き、ここはまるで天国のような美しさです。
かつてジョン・レノンは「IMAGINE」で、"空の上に天国はないんだ"と歌いましたが、里山に暮らすようになり「天国は足元にある」のだと思うようになりました。
「うわ~、きれいだな~!」
東京から来た小学1年生の男の子は、里山の南斜面の高台にある我が家の庭から見下ろせる農村風景を眺めながら、そう言いました。
き、きみ、6才でこの美しさが、わかるのかい?
お、おじさんは嬉しいよ~!(涙)
う~ん、この子はなんて早熟なのだ、素晴らしい感性だ!
いや、きっと親がスゴイのだ。どうしたら、こんな子に育つのですか?
いや~、何もしていないですよ~ハハハ、と笑うお父さん。
子供は親の背中を見て育つのだから、やはり棚田トラストに来るような両親の生きる姿勢が自然と子供に伝わっているのだなと僕は密かに納得し、棚田トラストをやって良かったな~、としみじみ思うのでした。
ひでりのときはなみだをながし
実は、今年は日照りで、雨水だけで耕作する天水棚田にはとても厳しく、アチコチの棚田が干あがり、村中大騒ぎでした。以前のコラムでもお伝えしましたが、天水棚田は雨が降らないとお手上げなのです。
川に近い田んぼならポンプで水を汲み上げられますが、山の中の田んぼは山からの絞り水を見つけ、長いパイプを引いて水を引き入れ、みんな大変な苦労をして、それこそ祈るような気持ちで水を集めています。
そして、最後の手段は大山不動尊で雨乞いの神楽を踊るしかありません。
ここ天水棚田の村では、自然には絶対にかなわないことを痛感します。
一昔前、お米が実らないことは、イコール死を意味しました。
まさに雨が降らない日照りの時は、宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の一節「ひでりのときはなみだをながし」になるのです。
だから、この棚田トラストの田植えの日に、水がたっぷり田んぼに溜まっているのは、僕にとって奇跡のようなことなのです。田植えの3日前まで、水のない田んぼもあったのですから!
山からチョロチョロと流れる絞り水をパイプで引いて、毎日田んぼを見まわり、パイプの取水まわりを掃除し、わずかな絞り水を必死にコツコツと集め、何日もかけて溜めて、やっと代かきをし、晴れて田植えの日を迎えたのです。
だからこそ、この水をたたえた棚田の村を、きれいだと言う少年の笑顔に、今までの僕の苦労は吹き飛んだのです。
地球にアースする
ブルーグレーのやわらかい重粘土質の田んぼの中に、素足をムニュリと入れると、まるで泥が足に吸い付くように、モニュ~と深く潜っていきます。
「うわ~!」
「わお~!」
「ぎゃ~!」
一瞬で、地球に吸い込まれていく感触に驚き、歓声が上がります。
土のない都会で暮らす子供にとってはかなり刺激的な体験で、このなんとも言えない感触に、びっくりして泣き出す子供たちもいます。逆に、こりゃ最高だぜって、水を得た魚のように目を輝かせ、ドロンコになって大喜びする子供たちもいますが。
素足で田んぼに入ると、僕らは地球にアースします。
その時、この星で46億年かけて、いのちのバトンを受け継いできた長い生命の旅の記憶が蘇り、地球は僕らに「おかえり」と言ってくれ、僕らのDNAは地球に、「ただいま」って答えるのです。
それは、頭で考えることではなく、足の裏で感じることなのです。
足の裏で思考せよ
近所に住むジャーナリストであり、昨年まで早稲田大学の客員教授でもあった高野孟さんは、毎年教え子の早稲田大学の大学生と大学院生、そのOB・OGを大勢田んぼに連れてきます。
これから経済界、政界、教育界へと巣立っていく優秀な若者たちに、「机上でばかり考えていたのでは、頭でっかちの考えしか生まれず、血の通った本当に良いアイデアは生まれない」、「頭だけで考えるな、足の裏で考えろ」と言って、靴を脱がせ素足で田植えを体験させています。
土から離れてしまった現代社会において自然から学ぶ意義は大きく、決して都会では手に入れることのできない情報とインスピレーションを受信することでしょう。
棚田は、最高の知性を学ぶ素晴らしい「教育の場」でもあるのです。
アジア共通の悩み
今回は台湾の方も参加してくれました。仕事の都合で現在東京に住んでおり、無印良品が好きで良くお店に行くそうですが、田植えイベントをウェブサイトで知り申し込んだそうです。
台湾でも農村は日本と同じ状況で、若者は都会へ出て行き、農村は高齢化が進み、山間部の農地の維持管理は難しくなっていると言っていました。
だから、企業と都市住民と共に保全するこの鴨川棚田トラストの取り組みを、とても素晴らしいと感心していました。
経済発展するアジア諸国は、共通の問題を抱えています。
都市への人口集中と地方の過疎化、そして経済成長後の人口減少は、いずれどの国も通る同じ道です。
しかし近年、暮らしの中に小さな農を取り入れた「半農半X」というライフスタイルを提唱する塩見直紀さんの著書が、台湾、韓国、中国とアジア諸国で次々に出版され、「半農半X」がアジアの若者たちに注目され始めています。
今後、鴨川棚田トラストのような都会と田舎をつなぐ取り組みは、アジアでも広がって行くでしょう。
世界が注目する日本の田舎
鴨川棚田トラストの田植えの翌週、都会のランナーが中心になって行われる農イベント「里山わらじランラン・ウォーク」の田植えに、フランスからパリ在住のブラジル人の映像作家ルシアーナさんが撮影に来ました。
ルシアーナさんは、この田植えに参加した20代の福田ゆきさんを取材しています。ゆきさんは去年の鴨川棚田トラストの収穫祭でアイルランドのアコーディオン「コンサーティーナ」で演奏してくれた女性です。彼女は都会で生まれ育ち、大学を卒業した後、東京で公務員となり働いていましたが、311以降仕事を辞め、友人たちと運営する参加型ミュージカル劇団NIJIでの表現活動に力を注ぎ、棚田でお米をつくり、鴨川の古民家と東京のシェアハウスを往復する新しい生き方を歩み始めています。
「今、ヨーロッパも世界も変わらなければならない時期に来ています。高い技術力があり、目覚ましい経済発展を遂げ、独自の伝統と文化を持つ日本が、311という大災害と原発事故によって、変化していく姿に世界は注目しています。そして、311以降の日本の若者たちの意識の変容やライフスタイルは、これから世界が変わるためのヒントがあるのです。」
とルシアーナさんは言っていました。
日本の田舎で起きていることに、アジアもヨーロッパも注目していると、ここを訪れる外国人は言います。
文明が岐路に立っている現在、人類がこの地球上でこれからも持続可能に存続するには、都会と田舎、文明と伝統の丁度良いバランスを、国も文化も超えて世界中の人たちで知恵を出し合い、共有する時代になったようです。
この小さな村の小さな棚田の小さな取り組みが、世界の課題に少しでも光を照らすことができたら、それは本当に嬉しいことです。
Photo by Ikuya Sasaki