各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

ミラクル

2015年07月29日

その日は、本当にミラクルな1日でした。
鴨川棚田トラストの第3回、田の草とりとすがい縄づくりは、連日雨が降り続ける梅雨のまっただ中の7月4日土曜日に開催されました。
前日の天気予報も70%が雨予報でしたので、今回はさすがに雨になると思い、室内での手仕事を中心にしようと当日の作業内容を変更するつもりでいました。
ところが、当日の朝になると雨が上がり、午後には太陽も顔を出す天気となったのです。

そして、イベント終了と同時に、ポツポツと再び雨が降り出してきたのです。
「ええ~、うそ~、マジで!」
「ミラクルだ!」
あまりのタイミングの良さに、みんな驚いて思わず笑っちゃうほどでした。
まるで、イベント最中だけ僕らの頭上だけポッカリ雨雲がよけて、イベント終了後に再び雨雲が戻ってきたようでした。
鴨川棚田トラストには強力なスーパー晴れ男、または女がいるのかもしれません。そして、これは天が僕らのことを応援してくれているのかもって、思っちゃうほどミラクルな出来事でした。

でも、よく考えてみると、この広大な宇宙空間にある何十億もの銀河の中の一つである天の川銀河に何千億もの星がひしめく中で、46億年前に誕生した地球という青い惑星に、今僕らが生きていることこそミラクルです。
そのことに気づかせてくれるために、宇宙は時折こんな素敵なミラクルを起こすのかもしれませんね。

日本の草文化

午前中は、すがい縄づくりを行いました。
すがい縄とは、稲刈り後に稲わらを束ねるための縄のことです。鴨川棚田トラストでは稲刈り後、天日干しにしてお米を乾燥させるので使いますが、一般的に稲刈りはコンバインで刈り取り機械乾燥させるので、天日干しのような手間のかかることはやりません。
太陽光と自然風でゆっくりと乾燥させた天日干しのほうがお米は熟し、より美味しくなると言われています。これは、「小さな農」だからこそできる最高に贅沢なお米づくりです。

はじめての方にとって稲わらを撚ることは、最初は中々出来ないのですが、コツをつかむと面白いように出来るようになります。そして、両手からスルスルとすがい縄が生まれてくると、つい嬉しくなっちゃいます。

わらない(わらを綯うこと)は、稲作を中心に育まれた日本の草文化のシンボルで、すがい縄が撚えるようになると、しめ縄もわらじも作れるようになり、お米を食べる日本人として、なんだか誇らしい気持ちになります。

房州人(ぼうしゅうじん)はアバラが一本足りない

昼食は「こころ」という屋号の木村哲詩さん優美子さん夫妻に、素晴らしい日本料理の腕をふるって頂きました。
メインプレートには、去年の鴨川棚田トラストでつくった天水棚田の無農薬天日干し長狭米のごはん、鴨川産ワラサの味噌漬けと翡翠茄子(ひすいなす)、ピーマンの玄米詰め天ぷら 自家製味噌ダレかけ、鴨川産鯵のメンチカツと蒸し新ジャガイモ、自家製鶏ハムとひゅう菜のマスタード和え、インゲンのピーナッツ和え、小メロンとズッキーニのピクルス、自家製らっきょう、野蕗のきゃらぶき。
小鉢は、丸トマトの冷やし煮。
そして汁物は、鴨川産赤イカつみれの澄まし汁と超豪華です。

まさに一品一品こころを込めてつくられた料理は、山海の幸が奏でるハーモニーとなり、食べるのがもったいないくらい美味しかったです。
こんなに素晴らしい食材がほとんど地元で手に入る南房総は、本当に豊かな土地だと改めて実感します。

"房州人(ぼうしゅうじん)はアバラが一本足りない"
良い意味でも悪い意味でも、地元の人は自分たちのことをそう表現します。
自分のアバラの骨が一本足りないことにも気づかないほど、ボウッとしていて、穏やかでノンビリしている南国気質という意味だそうですが、裏を返せばそれだけ豊かなのだと言えます。
気候は温暖で、雪は降らず、1年中花が咲き、野菜は何でもつくれ、美味しいお米がとれ、山海の幸に恵まれ、ボウッとしていても食っていけるのです。
南房総の魅力の一つは、なんといっても食の豊かさなのだと思います。

コシヒカリじゃなくてコシマガリ

午後からは、田の草とりを行いました。無農薬栽培のおコメ作りにとって欠かせない田の草とりは、一番大変な農作業です。
僕の友人はジョークで、こりゃコシヒカリじゃなくてコシマガリだよって、無農薬栽培のお米のことをそう呼んでいます。
確かに、それだけこの作業は足腰にこたえるのです。
農薬のなかった時代には、お年寄りから子どもまで村人全員で田の草とりをしていたから、人海戦術でなんとかやっていましたが、農家の平均年齢が66才となり、おじいさん1人で広大な農地を守っている状況では、大型機械と農薬がなければとても田んぼを維持できません。それは、この田の草とりを体験してみれば痛感します。
もちろん、生物多様性にとって環境保全型の無農薬栽培が良いに決まっていますが、一度でもこの田の草とり体験をすると、農村で無農薬やオーガニックを声高に叫ぶことはできなくなるでしょう。
僕も農村に暮らすようになってそのことを理解し、80歳を過ぎて今なお田んぼを維持してくれているだけでも、ありがたいと思うようになりました。
でも、この大変な田の草とりもイベントにして、みんなでワイワイとやることで、楽しく乗り越えられるのです。

日本一美しい村

今年もすがい縄づくりの先生に、百姓の師匠である集落最長老の87才のこんぴらさんが来てくれました。87才でもバリバリ現役です!
この日も、日の出とともに心に浮かぶ思いを新聞広告の裏に綴っている「こんぴら語録」を持ってきてくれました。戦争体験者であるこんぴらさんは、物がなかった時代を知っているので、ノートはもったいなくて買わないそうです。
生きることに真っすぐで、飾り気のないシンプルなこんぴらさんの文章は、里山の良心をあらわしているようです。

"夢のある人生を望む、平和が大切なことを知る
シトシトと小雨の降っている朝をむかえましたが、天気は雨でも心はいつも晴れの日でありたい。人生一番の幸せは、家族のみんなが健康で、尚元気ではたらくことが出来るのが良いと思う。
常に希望を持って生きていける世の中でありたいと思っていますが、現代では何時、何が起きるか先の知れない世の中でないかと考えられるが、みなさんはどうお考えですか。"

"どんなに苦しくとも、お金にならなくとも、それが人様のため、世の中のために益する仕事であれば、なんでも良いと思う。皆が自分のまわりで気づいた仕事をやっていればいいんだと思います。
私は歩きながらも道端の草むしりをするようにしています。知らず知らずの間に、美しい道になってくるのが楽しくて続けています。日本一美しい道を、日本一美しい村を目指して頑張るつもりであります。
先ずは皆が、自分たちの身の回りから始めれば良いと考えています。"

釜沼北集落へ入ると手の行き届いた絵葉書のようにキレイな農村風景に、都会から来た人はみんなホッとします。それは、こんぴらさんを含め村人たちの郷土愛と美意識、そして日々の努力によって保たれているのです。
村でこんぴらさんを見かけると、本当によく草むしりをしていて、常にイキイキとはたらいています。
去年、こんぴらさんと一緒に温泉に行った時、87才とは思えないまるでギリシャ彫刻のような無駄のない引き締まったこんぴらさんの肉体にびっくりしました。
常に夢と希望を持ち、みんなのために生きることが、こんなにも人を若く元気にさせ、人生を充足させるのかと、こんぴらさんに会うたびいつも驚かされます。

だから僕も長老と一緒に、日本一美しい村をつくるというミラクルを、自然と調和した社会をつくるというミラクルを夢見ようと思うのです。

Photo by Hirono Masuda

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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