戻り始めた振り子
今から89年前の1926年、33才の宮沢賢治は「農民芸術概論綱要」を執筆しました。
短い文章ですが、若い賢治が命をかけて表現したエッセンスが凝縮していて、読むたびにインスピレーションを与えてくれるこの文章が僕は大好きで、時々読み返します。
ヒリヒリするほどピュアな感性を持つ賢治の研ぎ澄まされた一字一句が、光のシャワーとなって静かに降り注ぎ、僕の心に潤いを与えてくれます。
そして、うん、これでいいんだって、僕は勇気をもらうのです。
あまりにも有名ですが、いくつか僕の好きな文章を抜粋して、ここに紹介させていただきます。
"世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ
なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ
風とゆききし 雲からエネルギーをとれ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる
詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画
巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす"
(宮沢賢治「農民芸術概論要綱」より)
賢治は大地と共に生きる農民を、四次元の芸術家とみなしていました。
美や真実は芸術家や宗教家だけのものではなく、それは美術館や寺院にあるのでもなく、農民の日々の暮らしの営みの中にあり、そして誰もが芸術家であり、天才であるのだと賢治は言います。
そして、都会の人も田園へ来たれといざない、すべての人が四次元の芸術家となって、世界ぜんたいを幸福にしようと呼びかける賢治の宇宙観に、僕はまったく同感するのです。
"もっともっと"のその次へ
「農民芸術概論要綱」は、もしかしたら未来を予言していたのかもしれません。
もっと便利になりたい、もっと楽になりたい、もっと遠くへ行きたい、もっと欲しい、もっと食べたい、もっと速く、もっと多く、"もっともっと"と人類は発展・成長してきましたが、とうとう地球まで破壊してしまい、僕らは行き過ぎてしまいました。
しかし、"もっともっと"と行き過ぎてしまった文明の振り子は、今、ゆっくりと戻り始めています。
現在、都市住民の3人に1人が田舎への移住を希望しています。
内閣府が2014年に調査した結果によると、70代を除く20代から60代まですべての世代の3割以上が田舎への移住を望んでいるのです。
特に30代から40代の子育て世代の移住希望者は、ここ10年で2倍になっています。
この現象は、現代社会の象徴のように思えます。
文明の振り子は"もっともっと"の「足し算文化」から、"これで十分だよね"という「引き算文化」へと向かっています。
「夢と希望」を抱え長老は東京へ
先日の11月1日日曜日、日比谷公園で開催された「土と平和の祭典」へ、僕は鴨川の仲間たちと炭やみかんを持って参加してきました。
このイベントは、有機農家、半農半X、有機農産物の流通業者、オーガニック飲食店、手仕事の職人、NPO、NGO、アーティスト等々ジャンルや世代を超え、全国から数万人の人が集まり、日本最大の環境配慮型農業と農的暮らしの祭典です。
「土と平和の祭典」の目的は、こう謳われています。
- ①私たちは、故・藤本敏夫の遺言・農水大臣への建白書の提起を引き継ぎ、農家のエコファーマー化と農的生活を国民的規模で作り出し、持続循環型田園都市と里山往還型半農生活を創造して国民皆農運動を行います!
- ②私たちは、有機農業推進法の制定を活用して、有機農業大国日本を建設する大キャンペーンを行います!
- ③私たちは、2011.03.11東日本大震災のこども・被災農家・被災漁民をはじめとする被災者を支援します!
- ④私たちは、放射能汚染土壌の除染・再生に取り組み、食の安全といのちを守ります。
- ⑤私たちは、脱原発・自然エネルギー・省エネルギーへの転換を図り、生活を見直します。
東京へ行く直前、僕がトークイベント「お金に頼らない村をつくろう」でトークすることを88才の長老のこんぴらさんに話したら、突然目を輝かせ「お、俺も行く・・・生きているうちに俺は都会の人へ話したいことがあるんだ。」と言いました。
そしてイベント当日、長老の五一さんも誘い、めったに里山から出ない長老は杖をついてわざわざ東京まで来てくれました。
そして、トークイベント「お金に頼らない村をつくろう」のスペシャルゲストとして参加してくれ、都会と田舎をつなげるパイオニアたちであるNPOトージバの神澤則夫さん、ダウンシフターズの高坂勝さん、相原農場の相原成行さん、シティファーマーズネットワークの西村ユタカさんと一緒に楽しくお話させていただきました。
釜沼北集落には70代と80代の老夫婦しかおらず、都会へ出た子どもたちは帰ってくるとは限らず、また定年後帰って来たとしても40年ものブランクがあると、農地を引き継ぐことも中々難しいのが現状です。限界集落もう待ったなしの危機的な状況の中、長老たちは里山の農地と文化のバトンを非農家出身の地縁血縁のない都会の人へ手渡し、一緒にこれからの村をつくっていこうと考えています。
トークイベントでマイクを握った長老は、都会の人へ熱い心の想いを語りました。
都会の人たちよ、何もみんなが移住することはないんだ、近くの田舎へ遊びに行って、土とつながろう、種を蒔き、仲間とおいしいものを食べ、「ふるさと」をつくり、そしてもうひとつのサブシステムを持とう、そこには新しい未来が待っているから、と僕は長老たちと一緒に呼びかけました。
農の新時代
東京から戻った翌朝、こんぴらさんは昨日の土と平和の祭典について書いた「こんぴら語録」を持って我が家に来ました。
"誠心 結論を急がぬように 時間を 経過が大切、じっくりと 2015.11.2
今日は一日中、雨模様です。昨日、東京日比谷公園で開催された土と平和の祭典に参加させてもらいました。多くの地域から集まっての大賑わいの催しでした。当に一極集中型の人、人、人の動きにはびっくり致しました。
過疎化の農村から見ると、もっと空気の綺麗な農村に週に一度でもよいから遊び半分でもよいから里山で木を切り出して炭焼きをしたり、田んぼを耕したり、畑で大豆や野菜をつくって出来たものは持ち帰るようにすれば、土日ともなれば、ほんの一瞬の間ではあっても地域が活性化すると思われます。
もっと、もっと都市部と農村が手を取り合って大いに交流をはかっていかなければならない時代が到来したと考えられます。
自分がどんな生活を望むかは人はそれぞれに違っていて当たり前ですがね、今、農村は高齢化して労働力が足りないんですから、今すぐ都会の若者で農業をやってみようという考えを持った人達に農家に1泊してこの仕事で、体と心のいやしになれば一石二鳥の効果が生まれるんではないでせうかね。
私の家でも田んぼや畑は利用されてもよい土地がありますので、どうぞお使いください。自分はだんだんと一年毎に足腰が弱っては来ましたが、まだ「夢と希望」は捨てたもんではないと思っております。
自分なりにリハビリテーションにはげみ、無理のない働きを望んでいるとこです。よろしくね。"
賢治は農民芸術を教える私塾として羅須地人協会を設立し、農村の若者たちへ芸術や科学、エスペラントや農業技術を教えていましたが、当時は新しい教育を自由に行える社会状況ではなく、花巻警察署からの事情調書を受け、その活動は7ヶ月で幕を閉じてしまいました。
しかし89年後の今、村の長老が先頭にたって農村へと都会の人へ呼びかける時代になったのです。
今や農は灰色の労働ではなく、楽しみであり、いやしであり、芸術である「農の新時代」をむかえています。
宮沢賢治のビジョンは、ようやく実現しはじめてきました。
"おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか"
(宮沢賢治「農民芸術概論要綱」より)
Photo by Satomi Simogo Yosihki Hayashi
「鴨川棚田トラスト」イベントー注連縄づくりとみかん狩りのお知らせ
- 開催日時:
- 2015年12月19日(土)10:00~15:00(予定)
- 開催場所:
- 千葉県鴨川市
- 定員:
- 30名
- 主催:
- NPO法人うず
- 共催:
- 無印良品 くらしの良品研究所
- 講師:
- 林良樹(NPO法人うず理事長)
- 畑中 亨(「うつわや+cafe 草 so」オーナーシェフ)
- 参加費:
- 大人(中学生以上)3,000円 ※昼食付き、注連縄とみかんのおみやげ1袋
小人(小学生)1,500円(注連縄は親御さんと一緒に作ります・みかんのおみやげは1袋つきます)
未就学児童(小学生未満) 無料(食事を召し上がる未就学児童は小人料金になります)
※小学生以下のお子様は、保護者の方同伴でお願いします - その他:
- ・現地までの集合、解散後についてはお客様の自費にてご負担をお願いいたします。