5人の移住物語
移住してくる一人ひとりには、物語があります。
うれしいことに去年から今年にかけて、鴨川へ5人も移住してきました。
20代の男性1人、30代の女性2人、40代の男性1人、50代の女性1人の5人は、人生のステージを都会から田舎へとシフトさせました。
昨年、僕の暮らす釜沼北集落では釜沼北棚田オーナー制度、無印良品棚田トラスト、天水棚田でつくる自然酒の会の他、様々なワークショップや援農などの都市農村交流により、累計1000人以上もの人が都会から訪れてくれました。公共交通手段の便も悪く、特別な観光施設もない山間部にもかかわらず、ありがたいことに本当にたくさんの人がこの集落へ足を運んでくれたのです。
このような都市農村交流をしていると、100人に1人、もしくは200人に1人くらい、移住希望者があらわれます。
そして、すぐには移住できないけど移住へ向けて準備をはじめる人、または移住するのではなく都会と田舎を往復する2地域居住をはじめる人、決意してすぐに移住してくる人などなど、この里山にいると様々な人生ドラマを観ることになります。
地域通貨あわマネー総会
2月11日は、年に一度の地域通貨あわマネーの総会でした。
さっそく会員となってくれた新しい移住者も、総会へ参加してくれました。
大山公民館の2階を会場としてお借りし、運営委員や会員の方とみんなで輪になり、参加者の自己紹介から始まり、あわマネーの活動報告、活動予定、会計報告、また会員の活動アピールタイム、さらに会員による演奏会を行いました。
法定通貨の円だけではなくawaという単位を通帳上でやり取りし、暮らしを助け合う道具であり、情報を交換し合い、人と人がつながるコミュニケーションツールでもある地域通貨あわマネーは2002年にスタートして以来14年間も継続し、現在170世帯約300名が参加している相互扶助の市民グループです。
自己紹介では一人ひとりに、お名前、どの地域に住み、今何をしているかなどを話していただきました。
地域通貨あわマネー会員の多くは、都会から移住してきた人たちです。
みんな思いを持って住み慣れた都会を離れ、わざわざ田舎へ移住してきたので、自己紹介で語られる言葉は静かですが熱を帯びています。年齢も出身も職業もバックボーンも、それぞれの歩んできた道は異なりますが、縁あって房総半島へ移り住み、地域通貨に参加した人々にはある共通点があります。
それは「何でもある都会」から「何もない田舎」へ、「いや何もないからこそ、ここにはすべてがあるじゃないか」と「価値の転換」をして、人生のステージを田舎へと選択した人々は「豊かさの価値」を共有しています。
その共通点があるからこそ、顔を合わせるとすぐに打ち解けて、親しくなるのです。
そんな人々が参加する地域通貨あわマネーは、「豊かさの価値」を共有する「ネットワーク型コミュニティ」を育んでいきました。
活発な地域活動
活動アピールの時間では、会員の人たちが取り組む様々な報告がされました。
勝又さんは、嶺岡山系の太平洋を望む丘の上にある一戦場公園の近くに家を購入し、放射線量の高い地域の子どもを保養させるための『避放射能子ども保養所「まちの縁側かもがわ」』を主催し、今でも年間数多くの親子を受け入れ続けています。
さらに年に一度、多くのあわマネー会員も参加している「あわアース広場」というイベントを芝生が心地良い一戦場公園で開催しています。そこでは、子どもイベント通貨「あわっこマネー」を発行し、子どもたちは各ブースで働いて「あわっこマネー」をもらい、それで好きなモノを買ったり、ワークショップを受けたりすることができます。
毎回、数百名の親子が集う「あわアース広場」は、子どもたちに働くことの喜びやお金をもらうことの意味を楽しみながら体験してもらう素敵なイベントです。回を重ねるごとに大きくなるので、今年は鴨川市も協力してくれ、太海地区にある城西国際大学のキャンパスをお借りして開催することになり、みなさんへ参加を呼びかけました。
整体師の伊木田(いきた)さんは、交通費のみで呼ばれればどこへでも全額awaで身体を診てくれるという高齢化の進む地域では、ありがたいアピールもありました。
田中さんは、これからこの国はどこへ向かうのか、問いかけがありました。
いつも鴨川棚田トラストでおいしい料理をつくってくれる米山さんは、3月1日に開催される「なばなとなぶら 〜川でつながる里と海〜」のスタディツアーの紹介をしてくれました。
鴨川市のとなりにある東京湾側の鋸南町では現在、採石場に東京ドーム1.2杯分の重金属汚染物質を受け入れる最終処分場が計画されており、町長はじめ多くの地元住民から反対の声が上がっています。問題の採石場は佐久間川に近接し、その下流には勝山漁港があります。豊かな漁場が広がる勝山沖には、百数十年前に発見された珍種の生物が今なお生息するほど良好な水質が保たれてきた場所です。今回のツアーでは、採石場を間近にのぞむ「里愛交流農園のなばな畑」で「鋸南町の環境と子どもを守る会」の方に汚染土問題の説明をして頂き、その後勝山漁港直営のお食事処「なぶら」にて新鮮な海の幸を楽しみ、現役の漁師さんに勝山の海と漁業のお話をうかがいます。
ここが好き、人が好き
上原さんは、今や全国的な課題である少子高齢化にともなう高齢者の福祉、少子化ゆえの子育ての悩み等々、すべての世代が安心してくらせるまちづくりの一歩として、鴨川で始めるワーカーズ・コレクティブ(労働者協同組合)について話してくれました。
鴨川の独居高齢者や高齢世帯への手作り弁当の配食と、買い物代行サービスを行い、配食サービスの食材は地元農産物や生活クラブ生協の食材を優先的に使用し、さらに地域通貨あわマネーを活用して、農産物のawaでの納品を呼びかけます。納品してくれた生産者には、awaでお弁当や惣菜を購入できるようにします。
そして、この事業を支えるためお弁当やお惣菜の販売も行い、また高齢者や若いお母さん、子どもどうしが交流できる場所として「レストラン兼たまり場事業」も行います。レストランではランチを提供し、たまり場では大勢の人が集い、出会い、情報交換し、支え合う関係性作りを目指します。
上原さんは、住民が自分たちに必要な事業をつくり、その資金を自ら出資し、自分たちで経営し、労働するワーカーズ・コレクティブ(労働者協同組合)への参加と出資を呼びかけました。
みんな今いる土地を愛し、人の力になろう、困っている人を助けよう、環境を守り、子どもや老人の福祉をサポートし、自分の暮らしている地域をもっと良くしていこうと、それぞれの素敵な活動を報告してくれました。
その活動の根底には、「ここが好き、人が好き」という強い思いがあるように感じられました。
田舎は夢を叶える場
そして最後は、あわマネー会員によるミニコンサートです。
はじめは、里山で生まれたコーラス・グループ「里山シンガーズ」(仮)の登場です。
彼女たちの歌う透明で天使のようなハーモニーに癒され、かわいい髭ダンスのパフォーマンスに笑い転げました。う〜ん、まるで歌って踊れる里山のシュープリームス!
人生を大いに楽しんでいる姿は、観ているこちらにも幸せが伝播します。
「里山シンガーズ」(仮)の次は、この春から僕の集落へ移住することになった吉田夫妻の演奏です。吉田夫妻は4年前から、僕が主催するワークショップの参加者として釜沼北集落へ通い始めましたが、そのうちスタッフとして関わってくれるようになり、とうとう東京での仕事を退職し、林業の研修を受け、その後職業訓練校の建築科へ通い、着々と移住へ向けて準備を進めてきました。そして、この春で職業訓練校を卒業し、晴れて釜沼北集落へ移住してくることになりました。僕が長老たちと運営する釜沼北棚田オーナー制度も手伝ってくれていたので、長老たちとも顔見知りになり、長老の1人瀬戸さんから信頼され、古民家をお借りすることもできました。さらに移住後の仕事もあわマネー会員の紹介で、地元の林業へ就職も決まりました。
都会で生まれ育ち、東京でIT関係の仕事をしてきた吉田さんはITの世界から一変し、里山の中で、生きることをすべて外部へ依存するのではなく、できるだけ自分の手でつくり、人間らしく、自分らしく生きるという夢を持って、釜沼北集落へ移住してきます。
かつて20世紀は、都会が夢を叶える場でしたが、「豊かさの価値」が転換した21世紀の今、田舎が夢を叶える場となったのです。
Photo by Yoshiki Hayashi