各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

デザインは世界を変えられるか? 〜ハーバード大学大学院の里山研修〜

2016年03月23日

2月24日水曜日から25日木曜日にかけて、アメリカからハーバード大学で建築や都市計画を学ぶ大学院生13名が、都市近郊にある過疎地域の再生をテーマに、研修のため我が家へ来ました。
ハーバード大学で客員教授をつとめる建築家のアトリエ・ワンの塚本由晴さんからの依頼で、釜沼北集落での僕の取り組みや里山集落の持つ総合的な機能について学び、地元の方々と意見交換し、さらに海外の学生たちが農作業を通して地域に貢献する活動を行い、この土地の人や自然に直に触れ、農業、暮らし、建築、インフラ、伝統文化、コミュニティ、地域社会、都市と農村、国、地球と幅広い視点からデザインを考える研修にしたいとのことでした。
世界最高峰の大学の一つであるハーバード大学は、世界中から優秀な留学生たちが集まって来ており、今回の研修もアメリカのみならず中国、台湾、インド、コスタリカ、日本等々、多くは留学生でした。
世界はグローバル化が進み、新興国は益々経済発展していきますが、都市への一極集中と地方の疲弊、人口減少と少子高齢化、農業の後継者不足、格差と貧困、環境破壊、資源の枯渇、気候変動等々、今やどの国も共通の課題を抱えつつあります。
つまり、課題先進地域である日本の農村とは、いずれどの国にも訪れる未来の姿と重なるのです。
デザインやアート、建築などの創造的な仕事は、いまや枠を超え分野を横断し、コミュニティや社会へと広がり、世界規模で「社会をデザインすること」が求められています。
「デザインする力」は社会の様々な課題解決に、役立つ時代になったのです。

現場力を養う

20代の頃、バックパックを背負いアチコチ世界を旅していたわりに、僕の語学力はさっぱり上達せず、滅茶苦茶な超サバイバルイングリッシュしかできないので、近所に暮らす友人のクリスとトッドに通訳をお願いしました。
特に日本人より日本語が上手だと友人たちの間で噂されるアメリカ人のクリスは、とても素晴らしい通訳をしてくれ、ホントに助かりました。
学生たちが到着すると僕らはお互い自己紹介をし、さっそく彼らはハーバード大で調べてきた釜沼北集落や鴨川市について発表してくれました。

鴨川市の歴史、文化、人口、産業等のデータ、釜沼集落や周辺の3D立体模型、グーグルアースによるマップづくり、グーグルビューでの住宅の写真等々、インターネットを駆使して多くの情報を収集していました。
遠く離れた海外から鴨川の山中に暮らす我が家の周辺を、こんなに詳しく調べることができるとは、現代のテクノロジーの進歩には改めて驚きます。
ただ、ネットだけの情報では限界があります。実際に現場に来て、そこに暮らす人に会い、話し、土の上に立ち、空気を吸い、全身で感じなければ、その土地のコトは理解できないものです。何をデザインするにも、現場力を養わなければ、それは机上の空論になってしまうでしょう。だから、わざわざ日本まで来たのです。

里山キュイジーヌ

昼食は、「るんた」の米山美穂さんがつくってくれた里山ランチです。
テーブルに並んだ絵のようにキレイな料理を見るやいなや、ビューティフル~! と歓声があがりました。
繊細で美しい盛り付けの料理を、みんなおいしい、おいしいと言って食べてくれ、日本の食文化を堪能してくれました。インドからの留学生のベジタリアンの女性もいましたが、美穂さんの料理は完全菜食なので、問題なく喜んで食べて頂きました。
マクロビオティック、伝統料理、雑穀料理、発酵食などをミックスし、里山の四季折々の味覚と美を表現した米山美穂さんの料理は、「里山キュイジーヌ」と呼べるでしょう。

2013年、世界一の長寿食として医学的にも注目され、世界的にも健康食として人気が高まっている和食文化は、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
日本の四季折々の多様で豊かな自然に寄り沿って育まれてきた食と習わしが高く評価されたのです。和食の4つの特徴として、①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、②健康的な食生活を支える栄養バランス、③自然の美しさや季節の移ろいの表現、④正月などの年中行事との密接な関わりがあげられています。日本の食文化とは地域の風土に根ざし、コミュニティと共に長い時間を経て育まれた「暮らしの歴史が結晶化した文化」なのです。

長老から世界の人へメッセージ

昼食後は、みんなで里山を歩きました。
築200年の古民家ゆうぎつか、土間、板の間、神棚、ロケットストーブ、コンポストトイレ、コンポストステーションを案内し、その後、棚田オーナー制度や棚田トラストのフィールド、みかん畑、炭焼き窯等々、丁寧に手入れされた里山集落を案内すると、またもやビューティフル!と学生たちは感激してくれました。
さらに里山の中へ入り、林道を歩き、入会地、雑木林、植林された杉林、荒廃する山林、獣よけの電気柵、耕作放棄地などを見て回り、現在抱える問題も見てもらいました。

里山から古民家ゆうぎつかへ戻ると、長老たち一人ひとりにお話しして頂きました。
87才になるこんぴら(柴崎栄一)さんはランプをテーブルに置いて、静かに語り始めました。
「私たちの子どもの頃は、電気も石油も車も電話もなく、本当に貧しく慎ましく、この小さなランプ一つで暮らしていました。戦争中、お米は国へ持って行かれ、食べるものにも困り、芋などを食べて苦しい生活を体験しました。
今では、こんなに豊かになった日本を大変驚いています。ですが、現代社会は食べ物を粗末にし、もったいないことに食料廃棄が多く、今の生活は贅沢すぎると思います。私はこのままでは、いけないと思っています。だから、みなさんのようにここへ来てくれ、一緒に話し合い、考えることは大変良いことだと思っています。願わくば、私は全人類が仲良くして、平和な世界になることを望んでいます。」と話してくれました。
83才のかわばた(柴崎五一)さんはこんな話をしてくれました。
「この間、棚田サミットへ参加したした時に聞いた話です。産業革命が起こり、この300年で社会は大きく変わり、大変便利になりましたが、一方で地球環境を破壊してしまいました。
産業革命の次に、これから私たちは環境革命を起こさねばなりません。私たちの棚田を守る活動も、小さいけれどその一つだと思っています。」
84才のじいた(瀬戸善一)さんは、ありがたいことにこう仰ってくれました。
「林さんが来てからこの村は変わりました。もう集落の人たちだけでは、この農地やコミュニティを維持できなくなります。これからは、集落以外の人とも連携してこの地域を守っていきたいと思います。」

IT技術で農村をサポート

その後、クリスからハッカーファームや里山デザインファクトリーの取り組みについて、プレゼンしてもらいました。
IT関連業者やアーティスト、料理家やミュージシャンなど異業種が集まる外国人クリエーターが中心のコミュニティ「ハッカーファーム」のメンバーは、僕の暮らす鴨川の山間部に続々と移住して来ています。そして、IT技術を活かして農村地域の課題解決に役立たせようとTech Riceプロジェクトを立ち上げました。Tech Riceとは、田んぼ作業の効率化を支援するため、スマホなどで棚田の状況がどこでも誰でもわかるようにするモニタリングシステムです。
現在、僕が長老たちと運営している釜沼北棚田オーナー制の田んぼで実験が始まっています。また、元はカフェとして利用されていた施設を借り受けて「里山デザインファクトリー」を運営し、ハッカーファームのクラブハウスとしながらも、僕ら友人たちにも貸してくれ、イベント、映画鑑賞、勉強会等々、地域の人々と交流する多目的なコミュニティスペースとして利用しています。
彼らは外国人だけで固まるのではなく、地元の人とも積極的に関わり、お互いの文化を認め合う「多様性」のある豊かで開かれたコミュニティを目指しています。

その日の夜は、隣の佐野集落の農家民泊「おさんおう」へお世話になりました。
「おさんおう」のお父さんとお母さんは沢山のご馳走を用意して、学生たちを心良く受け入れてくださいました。

白熱の里山教室

二日目の朝は沢山の来客があったので、この研修の意義についてハーバード大学客員教授の塚本さんから説明して頂きました。

その後、僕の里山での取り組みや今後のビジョンについて、僕からプレゼンしました。

この日は、ありがたいことに多忙にも関わらず、鴨川市長谷川市長、企画政策課平川課長、地元の川名市議会議員、佐久間市議会議員も駆けつけてくださいました。また、連携させて頂いている無印良品の生明さんと高橋さんも来てくださり、みなさんそれぞれ、これからこの農村地域を、鴨川市を、疲弊する日本の地方をどうしたら良いか、学生たちへ話してくれました。

学生たちからは色々な質問が飛び交い、活発な意見交換が行われ、古民家ゆうぎつかは白熱の里山教室となりました。

世界から学びに来る村

意見交換の後は棚田へ行き、学生たちに田んぼ作業にとって重要な「くろきり」作業をしてもらいました。
長老たちの指導のもと、重粘土質の重い田んぼの土をスコップで切っていく作業は重労働ですが、さすがハーバード大学の建築学部の学生は理解度が高く、ガシガシと作業してくれました。しかも美的にも素晴らしい仕上がりの「くろきり」となり、長老のこんぴらさんも驚き、こう言いました。
「おお~、俺よりうめ~な!ぜひ、毎年来てくれ!」
また、長老のじいたさんも、「まだ、田んぼはあるから、良かったら俺んちに泊まって、もう1泊していきなよ」と、ニコニコと学生たちをスカウトしていたほどです。

昼食は「こころ」の木村優美子さんがつくってくれた「天丼」です。
料理を見るやいなや、またもや学生たちからビューティフル!の歓声です。
自家製醤油のほんのり甘いタレをかけた房総の山海の幸をサクサクに揚げた天ぷらは絶品でした。昨日に引き続き、房総半島から生まれた「里山里海キュイジーヌ」をおいしく頂きました。
僕の友人たちの料理は、外国人たちの舌も心もトリコにします。

成長から成熟へ

昼食後はバスに乗って大山千枚田、里山デザインファクトリー、ハッカーファームの研究所に見学へ行きました。

農村にハイテクな研究所、様々な外国人移住者たちと村人たちとの交流、そしてハーバード大学の研修と実に不思議な光景が見られました。

その後、再び釜沼北集落へ戻り、最後は学生たちに古民家ゆうぎつか及び里山周辺を自由に観察して関心のあるモノをスケッチし、それぞれ感じたことをシェアしました。
炭焼き小屋、排水のための土木工事、神棚、土蔵、軽トラ、キッチン、ロケットストーブ、竹カゴ、電気柵、ほうき、井戸等々、学生たちが関心を持った様々な視点は面白かったです。

この2日間、多くの人々の協力により、とても楽しく内容の濃い研修となり、僕自身も色々と学びと発見がありました。
これから彼らは、世界で活躍する人物になるでしょう。
彼らがハーバード大を卒後し、いつか自国へ戻り、ふるさとへ還った時、鴨川を思い出すことがあるかもしれません。そして、社会が成長から成熟へ向かっている今、日本の里山文化や美意識、また長老たちのメッセージやここでの取り組みが、世界を変えるためのデザインへ少しでも貢献できることがあったなら、それは本当に嬉しいことです。

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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