各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

サナギの中で見る夢 ~ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの里山研修~

2016年04月20日

3月9日水曜日、英国ロンドンからロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)建築学部の大学院生15名が、教員であり建築家のアシフ・カーンさん、小橋咲子さん、デイビット・ナイトさんらと共に鴨川の里山へ研修に来ました。
今回、RCAが来日した研修目的は、都市問題を解決するための新しい地方との関係性です。
「ロンドンは深刻な住宅不足、住宅値段の高騰でさらなる都市問題を抱えています。従来の郊外に田園都市を作る、大型郊外都市を作るという解決策では、郊外の画一的な生活を強いられるというネガテイブなイメージがあり、異なる対策が今求められています。そこで郊外ではなく地方という考え方、都市と地方の新しい関係性を『ローカルが熱い』今の日本で見てみようということになりました。」と、小橋さんは説明してくれました。
産業革命以降、欧米ではいち早く都市化が進み、さらにグローバル化が広がる現在、世界中の国も都市化は進み、それに伴い様々な都市問題も起きています。
日本も1960年代から都市や郊外へ人口が集中し、過密化、少子高齢化、格差と貧困、住宅やインフラの老朽化、地震リスク、コミュニティの崩壊、伝統文化の喪失、交通渋滞や通勤ラッシュ、高額な住宅、自然破壊等々の都市問題が起きています。
しかし、価値の転換やライフスタイルの変化、さらにインターネットの普及にともない距離を超え、「郊外から地方へ」という現象が起こり、鴨川もそんな「熱いローカル」のひとつとして、注目されています。

集合的無意識からの芽生え

丁度この日は新月だったので、毎月新月にオープンするコミュニティカフェ&マーケットawanovaへ学生たちを案内しました。
いつも美味しい料理をケータリングしてくれる料理家の米山美穂さんと佐久間康栄さんが主催するawanovaは、オーガニック食品の量り売り、フェアトレード食品、マクロビオティックスイーツ、ベジタリアンフード、天然酵母パン、有機農産物、竹細工、有機米ポンセン、手作りチーズ等々、環境に配慮した商品や地元の手作りの品々が集まる素敵なコミュニティカフェ&マーケットです。
awanovaとは、まるで毎月行われる山村の小さなアースデイのようです。
アースデイ(地球の日)とは、「地球ために行動する日」として、1970年にアメリカで始まった市民運動で、それは全世界に広がり、日本でも毎年各地域で開催されています。
awanovaではその日、平日の昼間にもかかわらず、ロケットストーブをつくるワークショップが行われていたり、地域通貨あわマネーを使って普通に買い物をする人がいたり、ギターをひいて唄を歌っている人もいたり、最近続々と鴨川へ移住している外国人たちも遊びに来たり、RCAの学生たちに鴨川に生まれている里山コミュニティの雰囲気を味わってもらいました。

その後、awanovaの道路挟んで向かい側にあるハッカーファームのIT研究所へ見学に行き、中心メンバーの1人であるアメリカ人のクリス・ワン(通称「アキバ」)に活動を説明してもらいました。
今回も通訳に友人のクリスとトッド、それにクリスの奥さんのエリも加わり、3人体制で長老たちの方言まで含め素晴らしい通訳をしてくれました。

1960年代、アメリカの西海岸からカウンターカルチャーが世界中に広がったように、2000年以降、日本の地方で起きているムーブメントには、その時と同じような息吹を感じます。
それは、文明の岐路に立つ人類の集合的無意識から一斉に芽吹き始めた消費社会におけるオルタナティブなのだと思います。60年代と異なるのはインターネットの飛躍的な発達により、瞬時に世界中と情報を共有することが可能な点で、それはグローバルにダイナミックに動いています。

なぜ、人類は同じ過ちを繰返すのか?

その後は釜沼北集落へ移動し、みんなと意見交換を行いました。
釜沼北集落に到着するとあいにく雨が降ってきたので里山フィールドを案内することはできませんでしたが、RCAの学生は車中から見える景色に「ビューティフル」とため息を漏らしました。丁寧に手入れをされた里山集落の景観とは、世界共通の美なのです。外国人からの視点は、あらためてこの「何もない農村」こそが、日本の大切な資源なのだと再認識させてくれます。
古民家ゆうぎつかでは、僕のここでの取り組みと今後のビジョンをプレゼンさせて頂き、学生たちとディスカッションをしました。

この日も、集落の長老である「こんぴら」(柴崎栄一)さん、「じいた」(瀬戸善一)さん、「かわばた」(柴崎五一)さん、地元の川名市議会議員、そして棚田トラストでサポートして頂いている無印良品の生明さんと高橋さん、さらに東京から歌手の加藤登紀子さんも学生たちとの意見交換に参加してくれました。

常に日本の農業を応援し、僕らと共に鴨川で持続可能な地域づくりを目指し、さらに元国連環境計画(UNEP)親善大使として世界各地を訪問してきた加藤登紀子さんは、こう話してくれました。
「日本は100年前まで人口の95%が農民でしたが、今では人口の3%しかいなくなりました。そして、ますます農業を取り巻く環境は厳しくなってきています。この国は、国民の生命の基盤である農業を切り捨ててきました。そんな状況の中で、林さんが長老たちと出会えたことはラッキーであり、奇跡であり、とても重要な意味を持ちます。それは、この国の脈々と受け継がれてきた農の文化のバトンを、次の時代に渡せるチャンスが残されており、今ならそれがまだギリギリ間に合うからです。」

「現在、地球環境は一向に改善されず、それどころか益々ひどくなっています。新興国は自然を犠牲にしても経済成長を優先させ、日本や先進諸国が辿ってきた同じ過ちを歩んでいます。なぜ、人類は同じ過ちを繰り返すのでしょうか。持続可能な社会を創ることは、全世界で取り組まなければなりません。早急に、それぞれの国で、それぞれの地域で。」

無印良品の生明さんは、これからのローカルについて話をしてくれました。
「私たち良品計画は、今まで林さんと棚田の保全活動をしてきましたが、これから鴨川にサテライトオフィスを設け、社員が農村に暮らし始めます。インターネットの普及にともない、どこにいても仕事ができるようになった今、東京ではなく自然豊かな地方で仕事をするという新しい働き方を、提案していきたいと思います。また、東京の仕事をただ持ってくるのではなく、ここでしか出来ない仕事をつくっていこうと考えています。広がる耕作放棄地や荒れた山林の再生と活用、農林水産業の高付加価値化、廃校利用、未使用資源の利活用等々、鴨川そして南房総の可能性は、『課題が仕事になる』ことだと思っています。さらに、ここは東京から1時間30分の立地で事業性もあると考えています。ローカルが集合しての日本です。すなわちローカルが元気になること、それは日本が元気になることで、それをお手伝いしながら、地域が元気になる仕事を地域と共につくることを、まずはこの場所から始めたいと思います。」

異なる二つのものを合わせる

建築家のアシフ・カーンさんは、感想をこう表現してくれました。
「里山の過疎化、農業の衰退は日本が抱えている大きな問題だと確信しました。そして鴨川で見たその問題の解決方法は、異なる二つのものを合わせることだと思いました。それは都市と地方であったり、お年寄りと若者、農家とオフィス勤めの人だったりします。それらが上手く共存していることは驚きでもありました。都市と地方その両方を元気づけるための全く新しいやり方だと感じました。普段都市で生活している人たちが農家を助けるために里山に来る。でも実際に本当に助けられているのはどちらだろう・・・とも。これは日本だけの問題ではありません。世界中の様々な都市で似たような問題が起きているし、もっと起きてくることになると思います。私たちはこれからも、林さんと無印良品さんのこのプロジェクトにいろいろ教わりたいと思っています。」

「新しい世界」へのメタモルフォーゼ(変容)

東日本大震災と原発事故という悲劇は、日本にとって大きな分岐点となりました。
第2次大戦後は都市へ、郊外へと人口が集中しましたが、311以降は地球の生態系のキャパシティを超えた「古い世界」を抜け出なければ、もう立ち行かなくなるという生命に対する危機を感じた人々は、徐々に地方へ移動し始めています。
それは「新しい世界」へ向かう移行期に入った事を意味し、今後もっと大きな動きになっていくでしょう。
その「新しい世界」とは、人と自然、都会と田舎、伝統と文明、お互いを否定するのではなく、認め合いバランスする共生社会です。
しかし、果たして「古い世界」を抜けだして、本当に「新しい世界」へ行けるでしょうか?
「新しい世界」へ行くには、都会も田舎も自ら変容していく必要があります。
変容できなければ「古い世界」のままとどまり、やがて衰退し、腐敗していくでしょう。
変容するにあたって「伝統」、「融合」、「適正」、「バランス」、「多様性」、「永続性」と言うキーワードが思い浮かびます。
「伝統」を尊重しつつも、新しいモノも必要に応じて受け入れ「融合」し、「適正」な規模と量を見極め、文明と非文明を「バランス」良く取り入れ、人も自然も「多様性」のある豊かな環境を創り、さらにそれが地球上で「永続性」を持つか、という視点が求められるのではないかと思います。
今はまだ、「新しい世界」をサナギの中で夢見ている状態かもしれませんが、イモムシから蝶に変容するように、これから社会は新しい姿に生まれ変わるでしょう。
そして、その変容はローカルから始まるかもしれません。

Photo by Yoshiki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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