各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

里山のガウディ

2016年05月11日

鴨川に移住している友人たちの多くは皆、暮らしながら「完成しない家」をつくり続けているので、僕らは自分たちのことを笑いながら、「里山のガウディ」と呼んでいます。
スペイン・バルセロナのサグラダファミリアは今も完成に向かって建設中なので、「完成しない家」とはガウディに怒られてしまいますが・・・。
「完成しない家」と言うと不思議に聞こえますが、退職金のあるリタイア世代と異なり、若い移住者たちは「完成された家」を買うお金がないので、必然的に空き家を安く借りてリノベーションするか、新築でもセルフビルドやハーフビルドになります。しかしながら、家をDIYし続けるというライフスタイルは大変なこともありますが、理想の住まいを自分の手で自由にカタチに出来るのは最高の楽しみだと思うのです。

「なつかしい未来」の古民家ゆうぎつか

僕は旅先で見てきた世界中の暮らしや現代のサスティナブルな知恵を、築200年の古民家ゆうぎつかにMIXさせていきました。
家の中心にオープンキッチン、珪藻土の土間、外と内をグラデーションのようにつなぐ縁側、伸縮自在な田の字型建築の間取りをぶち抜いたワンルームの広い板の間、竹を割って竹小舞を編み、田んぼの土と藁を練って壁を塗り、長いベンチの大きなロケットストーブ、ミニ太陽光発電、薪でご飯を炊くかまど、コンポストトイレ、コンポストステーション、雨水利用、自然浄化システム等々、僕はできるだけ廃材やリサイクル品を集め、可能な限りセルフビルドで暮らしながらコツコツとリノベーションしていきました。

ある時は地域通貨あわマネーの仲間に手伝ってもらい、技術的に難しい大工仕事は地元の棟梁に手伝ってもらい、または我が家を舞台にオーストラリアで生まれた持続可能な暮らしの総合デザインであるパーマカルチャーのワークショップを開催し、都会の若者たちと一緒につくっていきました。
もちろん電気も石油もインターネットも使わない江戸時代のような暮らしをすれば、それはサスティナブルなのですが、僕らはもう過去へ戻ることはできません。
現代文明の利便性も否定せず、サスティナブルな知恵や伝統文化も否定せず、どちらもバランス良くいいとこ取りをしてMIXし、進化した「なつかしい未来」の暮らしを僕は目指したいと思っています。

コミュニティで自給する家

長老に聞くところによると、かつて家とはコミュニティで建てていたと聞きました。
そのことは、僕にとって家に対する概念をひっくり返してくれました。
今のように高額な住宅ローンを組んで一生払い続けるのではなく、家は建築資材から技術、さらに労働力までコミュニティで地域自給していたそうです。
"大工1人に馬鹿10人いれば家が建つ"という言葉を聞いたことがあります。
どこの村にも1人は大工がいて、村の男たちが集まってその大工の手元になり、そして村人みんなで山から木を切り出し、ホゾを彫り、茅を葺き、「コミュニティの力」で家は建ったのです。
かつて釜沼北集落25世帯の民家はすべて茅葺屋根でしたので、里山の共有地に茅場を持ち、屋根の素材となる茅をそこで育てていました。
そして、茅葺屋根は約20年に一度葺き替えるので、毎年一軒ずつ葺き替えることで、集落全世帯の屋根を葺き替える事ができました。
子供からお年寄りまで村人みんなに役割があり、子どもたちは山へ入って藤蔓を集め、お年寄りは土間で藁をない、そして村中総出で山から大量の茅を担いで降ろし、男たちは茅を葺き、女たちは飯を炊き、コミュニティが一体となって各家の茅葺屋根を順番に葺き替えていたそうです。大きな茅葺き屋根の葺き替えは、何日もかかる大変な労働だったでしょうが、葺き替えることで得る一体感は大きく、コミュニティにとって相互扶助の「結」(ゆい)の精神を強く育んだことでしょう。
しかし、社会構造の変化と共に農村から都市へ人口が流失し、「コミュニティの力」が弱まると同時に茅葺屋根の文化は途絶えてしまい、家はコミュニティで建てるものから買うものとなっていきました。

土に溶ける家

我が家のひと山向うに50年くらい前に空き家になったという跡地があります。
そこへ行くと廃屋すら見当たらず、すでに竹林になっており、見事なことに茶碗や束石しか残っていませんでした。
木と土と竹と草と石など、その土地の自然素材で出来ている日本の民家は、手入れをして住み続けるならば数百年も保つことが出来る優れた木造建築ですが、人が住まなくなると素晴らしいことにすべて土に溶けてしまうのです。
それに引き換え、日本の現代住宅の平均寿命は30年と言われ、しかも廃棄すると約6トンもの産業廃棄物となり、最終的にそのゴミはひと目の付かない地方の山へと廃棄されています。
自然環境のことを思うと、可能ならば地元の自然素材を使い、土壁で茅葺屋根の日本の伝統的な家を建てたいものですが、今では茅を葺くだけで1千万円も2千万円もかかるそうですから、「土に溶ける家」は目玉が飛び出るほど高額になってしまいます。

成熟のシンボル

だから、僕らは「里山のガウディ」となり、これ以上日本の山河を汚さないために、できる限り自然素材でコツコツと家をDIYし続けるのです。
古民家に移住して17年になりますが、僕はまだ「完成しない家」をつくり続けています。

時間はかかりますが、成長する子供を見届けるような子育てのような感覚があり、そんな生き物のように少しずつ育っていく古民家リノベーションは楽しい"家育て"のようです。
そして、この古民家リノベーションは、820万戸にもなった日本の空き家問題を解決する一つのモデルになるのではないかと思っています。
ヨーロッパのように古いモノを上手に残し、外観は古き好き姿を残しますが、古いまま暮らすのではなく中身は現代的にリノベーションし、古民家や農地や山河まで含め、地域の景観全体を文化的歴史的資源として保全し、"美しい日本の田舎"を残して行きたいと思っています。それは、都会の人や海外からのツーリストも癒やされる観光資源にもなり、住んでいる人にとっても心地よい空間であり、さらに郷土の誇りとなるでしょう。
そんな里山に抱かれた古民家が美しく景観の中に溶け込んでいる姿は、「成熟の時代」をあらわす日本のシンボルになると思っています。

Photo by Yoshiki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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