各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

雨の香り

2016年08月10日

7月16日土曜日は、「鴨川里山トラスト 有機米の会」の田の草取りとすがい縄づくりを行いました。
こういう農イベントは、自然相手なので天候により内容が変わることがありますが、鴨川里山トラストは今まで不思議と雨が降りませんでした。
しかし、その日はこのトラストの活動が始まって以来、3年目にしてとうとう雨が降りました。

以前、東京に暮らしていた時、僕は雨が嫌いでした。
特に今時のような梅雨は、最悪です。
電車ではムシムシとベトつき、家ではエアコン無しでは暮らせず、梅雨は都会で生活していた僕にとって、ただうっとうしいだけの季節でしかありませんでした。

しかし、田舎に暮らすようになった今では雨に対する見方が180度変わりました。
しっとりと雨に煙る水墨画のような里山風景や水々しい自然界の姿が、こんなにも美しいのかと驚き、さらに雨水だけが頼りの天水棚田にとって雨は、まさに恵みの雨なのです。

里山に暮らしていると、山からモワ〜っと雲が誕生する瞬間を見ることができます。
その雲はやがて雨となり、田んぼを潤し、稲を育て、人間の命を支えてくれ、その雨水は川となり海へと流れ、大きな命の循環を目の前で体感することができます。そして、この緑多き高温多湿気候こそが、日本独自の文化・芸術・信仰を築き上げてきました。

「ありがたい」とは、有ることが難しい

20代の頃、僕はインドのラジャスターンの砂漠を窓ガラスのないバスで旅したことがあります。
そのバスで灼熱の砂漠を1日中走り続ける旅は、巨大なドライヤーで熱風を全身に浴び続ける拷問のようなキツイ旅でした。バスに持ち込んだ2リットル入のペットボトルの水はやがて空になり、そのうち意識朦朧となった僕はあんなに嫌いだった日本の雨と湿度を心から恋しく想い、生まれて初めて水のない苦しみを体験しました。
森があるから雲ができ、雲があるから雨が降り、雨が降るから生命が育まれます。
この当たり前の事実に、僕は砂漠で気づかされました。そして、砂漠化が進む地球において国土の70%が森林である日本は奇跡の島なのだと知りました。
ありがたい(有り難い)とは、「有ることが難しい」と書き、「滅多にない」ことや「珍しくて貴重」なことを意味します。
日本にいるとあまり感じませんが、水道の蛇口を捻れば飲料水が出る国は世界でも稀なことで、雨が降ることは、ありがたい(有ることが難しい)ことなのだと、僕は感謝するようになりました。

21世紀の晴耕雨読

午前中は、参加者のみなさんとすがい縄をつくりました。
長老のこんぴらさん、ごいちさん、じいたさんも、すがい縄の指導に来てくださいました。

すがい縄とは、稲刈りの時に刈り取った稲わらを束ねる縄のことです。
鴨川里山トラストの棚田6枚は約1反(10アール)なので、1反の稲刈りに使うすがい縄は800本くらい必要だと長老から聞きましたので、みんなでせっせとつくりました。このみんなで行う手仕事は、楽しいコミュニケーションの時間でもあります。

昼食は「もみじの手」の守井美奈子さんに、地元野菜と雑穀を上手に使った、色鮮やかな美味しい料理をつくって頂きました。子供たちも、美味しいと言ってモリモリと野菜を食べてくれました。

午後も雨は止まなかったので、田の草取りを断念し、小麦の掃除を行うことにしました。
この小麦は今年の春に収穫したもので、脱穀、乾燥までしたのですが、まだ少しゴミが残っているので、それを掃除しないとその後の加工ができません。
掃除した小麦は「鴨川里山トラスト 手づくり醤油の会」の麹に使い、残りは小麦粉にしてパンやピザを焼き、うどんに加工しようと思っています。

長老たちに聞く昔の暮らしは、雨が降ると野良仕事が休みになったそうです。
そして土間で手仕事をしたり、お堂(集会所)で笛や太鼓の稽古をして、お酒を飲み交わし、ゆっくりと過ごしていたそうです。
かつての農村は、なんて「豊かで贅沢な時間」を過ごしていたのでしょう。
そして、そんな時間があったからこそ、家族やコミュニティのつながりが深まったのだと思います。
僕ら現代人は物質的豊かさと引き換えに、その「豊かで贅沢な時間」を犠牲にしてしまったのではないでしょうか。
晴耕雨読という言葉があります。
晴耕雨読とは、晴れた日は田畑で働き、雨の日は家で読書などをしてのんびり暮らすことですが、俗事にわずらわされず、自分の思うままに心静かに生活を送ることを意味します。
21世紀の晴耕雨読は、都会と田舎を行き来しながら、雨の日は里山でのんびり過ごすスタイルも良いかもしれません。

Rain is a good smell

でも、家の中でずーっと小麦の掃除では飽きてしまうので、傘をさしレインウエアーを着て、みんなで雨の降る里山へ出かけました。

そして、夏みかんを収穫したり、棚田の稲の成長を見たり、耕作放棄地を開墾している土地を見てまわり、雨の里山散策をしました。

雨に濡れて歩いていると、かつてアメリカ先住民のスー族の土地を旅していたことを思い出します。
360度見渡す限りの大平原のサウスダコタ州の先住民居留地で、スー族の少年は空を見上げながら僕にこう言いました。
「Rain is a good smell.」
雨の香り・・・?
「雨の香りがして来た。もうすぐ、雨が降るよ。雨は良い香りがするんだ。」
その後、地平線の向こうに雨雲があらわれ、本当に雨が降ってきました。
僕は、それまで雨の香りなど感じたことがなかったので、スー族の少年の感受性にとても驚くと同時に、現代人は人間が本来持っていた自然界を感受する能力が、退化してしまったのではないかと思いました。
スー族の少年が大平原で感じた雨の香りとは、一体どんな香りだったのだろうと、イマジネーションが膨らみます。
環境問題とは根本的には人間問題であり、人間の心の問題だと思います。
スー族の少年のように雨の香りを感じられる感受性を、現代人の心に取り戻すことができたなら、環境破壊もなくなるのではないでしょうか。
この鴨川里山トラストが微力でもその感受性を育てるために、お役に立てれば嬉しい限りです。

Photo by Hirono Masuda

イベント情報

「鴨川里山トラスト・有機米の会」イベント 第4回 稲刈り

第4回は、いよいよ「稲刈り」です。
刈り取った稲は、以前つくった「すがい縄」でくくり、「はざかけ」という竹を組んだ伝統的な天日干しを行います。

開催日:2016年9月10日(土)
開催時間:10:30~15:30(予定)
開催場所:千葉県鴨川市
詳しくはこちら

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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