各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

永遠をみつけた夜

2017年01月18日

2017年1月3日、その日は忘れられない一日となりました。
4年前につくったコンポストステーション(堆肥置き場)の板が一部腐ってきたので、正月に修理しようと、午前中ホームセンターへ行って木材を買って来ました。
正月早々、何も大工仕事をしなくても良いだろうと言われそうですが、来客の多い我が家は、コンポストトイレに、すぐに良質な堆肥の材料が溜まるので、コンポストステーションの修理は急務なのです。

ホームセンターから戻った午後、僕が作業に取り掛かろうとすると、中学3年の娘の絵の宿題を見て欲しいと妻に頼まれました。
本当は今日中にコンポストステーションを直したいと思っていたので、すぐにでも大工仕事を始めたいところだったのですが、思春期の娘と絵を描く機会はこの先もうあまりないだろうし、15才の娘と里山で過ごす時間も残すところ僅かとなり、この時間もとても貴重だと思い、僕は娘の宿題を優先することにしました。僕は娘と何を描きたいのか話し合いながら、娘が自力で描けるようになるまで手伝いました。

まったく予定通り進まない日

そして、いよいよコンポストステーションの修理を始めようとすると、突然近所のNさんが軽トラに乗ってやって来ました。
Nさんは僕が今年から引き継ぐ棚田の地主さんで、いつもこんな感じでいきなりやって来るのです。足を悪くしたNさんはゆっくり軽トラから降りると、僕が引き継ぐ棚田について話し始めました。
棚田の周りの雑木を伐採して炭を焼くと良いだろう、水は山の絞り水をしっかり溜めれば大丈夫だ、となりの地主との境界線はあそこあたりだ、草刈りはここまでやってくれれば良いぞ、苗は60箱まではいらねえよ等々、地主にしかわからない細かいことを色々教えてくれました。

それから、この地域の未来についての想いを話してくれました。
「あと10年だな~、この地域も田んぼをなんとかやれるのは。あと10年経ったら、もう耕作放棄地だらけになるだろうよ・・・。これからは蛇口をひねれば水が出る耕地整備された平野の田んぼも空いてくるから、若手(と言っても70代)はそちらの田んぼをドンドン頼まれるだろうよ。だから、山の中の天水棚田なんか誰もやらねえよ。でも、オメーくらいなもんだよ。」と言ってカラカラ笑いました。
その後、Nさんとの庭での立ち話は、なんと48分間も続きました。

ごく普通の日常

Nさんが帰ると、もうすぐ日が暮れようとしていました。
とうとうその日は大工仕事を諦めて、僕は犬の散歩に行くことにしました。
犬のノアとルナを連れて家を出ると、家の下で宿題を終えた娘と妻がバトミントンを笑いながら楽しんでいました。
なぜ笑っているかというと、バトミントンの飛び交う羽を猫のピースと鶏のコッコ(うちの放し飼いの鶏には名前がついています)が追いかけていたからです。そこに、犬のルナも加わり、犬と猫と鶏と母娘の不思議なバトミントンが始まり、みんなで大笑いしました。

そのあと、夕暮れ空を見ながら僕は2匹の犬と棚田を散歩しました。夕暮れ空はオレンジ色からインディゴブルーへ淡く滲むグラデーションとなり、影絵のような空に月と一番星がまたたき始めていました。
散歩から戻ると、2人の友人が遊びに来ました。
友人の1人は去年東京から鴨川へ移住して木こりとなり、もう一人の友人はアメリカ人で、東京で働いていますが近所に古民家を購入したのでセフルビルドで改築を始めています。 料理上手なアメリカ人の友人はおいしい料理をつくってくれ、僕は友人たちと一緒に晩ごはんを食べながら、古民家で寒くないように過ごすためのリノベーションについて話し合いました。

その日は色んなことが重なり、結局僕は予定していたことは何ひとつできませんでした。
夕食後、お風呂に入ったあとベッドに横たわり、眠りにつこうとした時、僕は突然感動に包まれました。そして、今日は何もできなかったどころじゃないと、思い返したのです。

満たされていること

実は、僕は100%満たされていることに気づきました。
僕には愛する家族がいて、犬や猫や鶏と共に、美しい里山に暮らし、コツコツとリノベーションした古民家には沢山の人が集い、素敵な友人たちに恵まれ、ありがたいことに僕は心から本当にやりたい仕事をやり、その仕事は家族とコミュニティと自然と文化を守ることにつながり、自分で育てた美味しいお米と味噌と醤油とお酒と果樹があり、身体は健康で、毎日を楽しく充実した人生を送っているではないか。

これ以上一体何がいるというのだろうか。
この世の形あるモノはいつか滅びます。
でも、この何気ない"日々の美しい瞬間"に感じる満たされた心にこそ、「永遠」があるのだと思いました。
「永遠」をみつけた夜、僕は今この瞬間がもったいなくて中々眠れませんでした。

Photo by Yoshiki Hayashi

イベント情報

「鴨川里山トラスト・自然酒の会」イベント「第6回 寺田本家蔵見学」

「自然酒の会」はいよいよ最終回となり、フィナーレは蔵元寺田本家への蔵見学です。

開催日:2017年1月29日(日)
開催時間:11:00~15:30(予定)
開催場所:千葉県神崎町
→詳しくはこちら

「鴨川里山トラスト・手づくり味噌の会(2016年度)」イベント「味噌仕込み」

みなさんと一緒に育てた無農薬の地大豆、地元の嶺岡山系の水、そして釜沼の有機米でつくった麹で、おいしい手づくり味噌を仕込みます。

開催日:2017年2月18日(土)
開催時間:10:30~15:30(予定)
開催場所:千葉県鴨川市
→詳しくはこちら

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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