各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

発酵するライフスタイル

2019年02月13日

「天水棚田でつくる自然酒の会」の最終回は、会員のみなさんと一緒に天水棚田で育てた無農薬米をおいしい自然酒「天水棚田」に仕込んでくれた蔵元寺田本家への酒蔵見学です。
今年は、いすみの料理家中島デコさんの仲間たちと合同で、とてもにぎやかな見学会となりました。
僕は「あわ焼き」の陶芸家西山光太さんの車に乗せてもらい、高速道路に乗って北上しました。南房総から北総へは結構遠く、東京へ行くよりも時間がかかります。 でも、そのおかげで車中では安房の土のこと、子育てのこと、房総半島へ移住したこと、田舎でお金を稼ぐことなど、西山さんと色々なお話ができました。

共生するお酒づくり

寺田本家には毎年来ていますが、いつ来ても新しい発見と気付きがあります。
木造の古い大きな酒蔵の中で、陽の光に照らされて働く蔵人の姿は、ハッとするほど美しい陰影を見せてくれます。

「うちは雑菌も野生の菌も大歓迎で、あらゆる菌と共生するお酒づくりをしています。」と言って、普通の酒蔵では絶対にありえないことですが、24代目当主の寺田優さんは麹室へ見学者を全員入れてくれます。

そして、麹室で発酵中の米麹を「どうぞ、つまんで食べてみてください」と食べさせてくれるのです。
麹菌が白く付き始めた米粒を口に含むと、ふんわりと優しい味が口の中に広がります。

しあわせの経済

酒母室では、蔵人の佐野さんが伸びのある歌声で、素晴らしい仕事唄を披露してくれました。
「仕事唄を歌うことで、蔵人たちの心がひとつになっていくんです。その良い波動が菌と響き合って美味しいお酒となり、そのお酒を飲んだ人は楽しい気持ちになります。そんなことを考えると、働くことが"楽しい"んです。その素晴らしい輪の中で働かせてもらえることは、本当にありがたいことだと思っています。」
と、佐野さんは目を輝かせて話してくれました。働くことが"楽しい"と言える職場が、現代社会にどれだけあるだろうか。

そして、なんと佐野さんはこれから僧侶となって四国のお寺へ移住するそうです。
「寺田本家は、僕にとってまさに『寺』なんです。」
蔵人にとって寺田本家で菌と共に働くことは、心を磨き人生を発酵させる「発酵道」なのでしょう。

働く人が楽しく、その商品を買った人も楽しく健康になり、地域の有機農家も支えられ、自然環境も良くなり、さらに日本の伝統食と文化も継承され、経済も地域で循環します。
"楽しい"が連鎖する寺田本家には、大地に根ざした「しあわせの経済」があります。

一歩戻ること

寺田本家ではあえて機械化を辞めて、伝統的な手仕事に戻し、無農薬のお米だけを使い、自然の力だけで発酵させる丁寧なお酒づくりをしています。

効率よくスピーディーに大量生産できる機械化から意識的に「一歩戻ること」は過去へ後退するのではなく、"方向を変えて前進すること"だと思っています。
ミヒャエル・エンデの名作「モモ」で描かれた世界では、もっと幸せになるために、もっと豊かになるために、人は気づかないうちに「時間どろぼう」に人生の時間を盗まれてしまいます。

蔵見学後は一品持ち寄りの昼食会です。寺田本家の色々な自然酒を試飲させてもらいながら、みんなの手づくり料理をシェアすると、それは素敵な持ち寄りパーティーとなり、僕らは昼間からほろ酔いで「大人の冬の遠足」を楽しみました。

昼食後は、使われなくなった社宅をリノベーションした発酵カフェ「うふふ」や、これから参加型でリノベーションしてゲストハウスやシェアオフィスをつくる建物を案内してもらいました。
神崎は益々面白くなりそうです。

鴨川、いすみ、神崎がゆるやかにつながり、「時間どろぼう」に人生を盗まれない楽しいライフスタイルが発酵していきます。

Photo by Seiko Tachibana・Yoshiki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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