掘りごたつのおばあちゃん
毎年冬になると、僕らの炭を楽しみに待ってくれているおばあちゃんから催促の電話があります。
「今年も焼いたかい? また、焼いたら大きめに切っておくれよ。」
鴨川からさらに南下した房総半島南部の那古船形(なこふなかた)という小さな漁村に一人暮らしをするおばあちゃんは、冬の暖房を船大工だった亡き夫がつくってくれた炭の掘りごたつだけで過ごしています。
僕らは炭が焼き上がると、おばあちゃんの炭をBBQサイズよりも大きめにカットして、4袋の米袋に入れてすぐ届けに行きます。
民家が密集した素朴な漁村風景は、棚田の農村とは全く異なる雰囲気です。
「こんにちは、炭を持ってきましたよ。」
「うあ~ありがとうね~。いつも悪いね~運んでくれて。ほんとに助かるよ~。都会にいる子供は、今どき炭なんて危ないからやめろと言うんだけど、あたしゃこれが良くてね~」
玄関で声をかけると、おばあちゃんは満面の笑みで迎えてくれます。
今どきはホームセンターへ行けば輸入されたマングローブの安価な炭が売られていますが、おばあちゃんは少し高くてもあえて里山の炭を使ってくれます。
里山の炭は火持ちが良くて煙も少なく、パチパチと火はハゼないし、毎日の生活に使うにはホームセンターの炭よりずっと良いと言ってくれます。
時給100円
里山の広葉樹を伐採し、玉切りし、さらに割って2~3週間乾燥させてから、窯で約1週間焼き続けてやっと炭が出来上がります。
これだけ手間暇かけた炭を販売しても、炭焼組合の仲間たちと時給計算したら、なんと時給は100円でした。
これでは誰も炭焼きをやれないはずです。
このあたりの炭焼き窯はほとんど稼働しておらず、もう僕らくらいだと聞いています。それは、鴨川のみならず日本中の山村がそうでしょう。
僕らも年に1~2回、冬の農閑期になんとか焼くのが実情です。
現代社会は日常で炭を使うライフスタイルではなく、たまにBBQで使うくらいなので、ホームセンターの炭で十分です。少々値段が高くても日本の炭を使う人は、高級料理店、焼き鳥屋、茶道家、建築関係等ごく一部の需要しかありません。
しかし、長老に聞くところによると石油や電気が普及する前は、炭焼き職人は校長先生よりも稼いだそうです。
贅沢な里山時間
最近、炭焼きを学びたいと移住者の半農半Xたちの仲間が増えており、驚くことにフラダンサー、保育士、ジャーナリスト、看護師、フリーライター等々、多様なライフスタイルの女性の参加者が多くなってきました。
夜遅くまで火の番をする「焚きこみ」の日、イノシシ肉や鯵の干物、地元野菜などを持ち寄り、炭火で炙りながら房総の山海の幸をいただきます。
僕らは火を囲み、ここでの暮らしについて、働くことについて、美について、子育てについて、集落の維持運営について、持続可能な社会について、人生について、大切なことについて本当に色々なことを、腹を割って語り合います。
炭火は僕らの心身を浄化し、清めてくれるような気がします。
そんな里山時間は、とても贅沢で楽しいひと時です。
小さな循環
日本は国土の70%が森林で、目の前に山ほど資源があるのに、誰も近づけない社会構造になっています。そして林業従事者は減少し続け、里山は荒廃し、増え続ける野生動物は農地を荒らし、木材や炭は世界中から輸入されるという悪循環に陥っています。
地球上で気候変動が起きている現代社会において、できるだけ地域で資源と経済が循環することは、全世界共通のテーマです。
地域で焼いた里山の炭を、地域の人が使うという「小さな循環」ですが、掘りごたつのおばあちゃんのためにも僕らは炭を焼き続けようと思います。
あんなに喜んでくれ、待ってくれている人がいるのだから。
今は炭焼きなど見向きもされていませんが、社会はいずれ「小さな循環」へ戻るでしょう。
その時、里山の炭は再び光が当たると思っています。
Photo by Yoshiki Hayashi