各国・各地で「北秋田 ─白き良き、秋田─」

カリカリ、ポリポリ、スモーキー。やめられない味、いぶりがっこ。

2015年01月14日

漬物と言えば、漬物樽に重石が乗っている姿をイメージする方も多いはず。
秋田県湯沢市の雄勝地区では冬の時期になるとそのイメージを覆す漬物作りの風景を見ることができます。
いぶし小屋と呼ばれる小屋から煙が登り、なんとも言えない香ばしい香りがあたりを包みます。
昭和38年創業の雄勝野きむらやはこの焚き木干し沢庵の製法を確立し、"いぶりがっこ"という名前を名付けた生みの親です。
「いぶりがっこと言えばきむらや、その味を広めたい」。と、力強く語るのは三代目の木村吉伸さん。
今回は一度食べたらやめられなくなるいぶりがっこの魅力を伺いました。

いぶりがっことは

最近では居酒屋のメニューで見かけることも増えてきたいぶりがっこの文字。
がっこという可愛らしい響きは秋田弁で漬物を表す方言です。
もともとその香りの良さから「雅香」と言われたのががっこの語源という説もあります。
つまり、いぶりがっことは燻した漬物という意味でスモーキーな風味が特徴です。

燻してから漬けるという手法は室町時代まで遡ります。
四方を山に囲まれた秋田県雄勝地区は、日照時間が短く、降雪の時期が早いため、漬物作りのための秋大根を天日で十分に干すことができません。
そこで家の梁に大根をつり下げ、囲炉裏の熱と煙を利用して干しあげて漬ける"でこ漬け(大根漬け)"が作られていました。

時が経ち、囲炉裏から薪ストーブへと各家庭がシフトし始め、家庭の大根漬けは次第に作られなくなりました。
しかし、あの風味をもう一度食べたいという根強い地元の人々の声がたくさん寄せられ、きむらやの先代達がいぶし小屋を作り、いぶりがっこ作りを始めました。

火加減は男の仕事

「寒さと重さとの戦いだな」。と、木村さんはいぶりがっこ作りの難しさについて語ります。
いぶりがっこの風味を決めるために最も重要なのが燻す作業です。
まずはその現場を真っ先に見させていただきました。
いぶし小屋の扉を開けると中から熱気と煙が溢れ出てきます。
その白い煙の奥には無数に並ぶ大根の数々が天井の梁から吊り下げられていました。
数100本の大根を高い天井の梁に持ち上げるだけでも相当な力仕事です。
男たちで声を掛け合い天井に吊るした後は、5日間燻し続けます。

吊るされた大根から目を下に降ろすと、部屋の中には焚き木の台が並びます。
薪と言っても、よく見かける細いものとは違って木を直接切った太くて重たいものです。
5日間火を絶やしてはいけないので男たちは燻し小屋の中で薪をくべ続けます。
「一番大事なのは火加減です。小屋の中に焚き木台を何個置くか、どの場所に置くか、薪を何本ずつ燃やすか、木の種類は何を混ぜるかなど組み合わせは無限大です」。この木村さんの言葉を聞いた時にその果てしなさと経験からくる知恵の奥深さに感動しました。
1日目・2日目・3日目・4日目・5日目でも火加減は全然違うし、天気や外気温によっても、10月と11月でも違うのだそうです。
大根を吊るし上げ、重たい薪をくべ続けるという力仕事に加え、常に頭脳と感覚をフル回転で火加減を調整する男たちの仕事はまさしく男前でした。

「小屋の天井と地面の部分では温度が違うと思うのですが、大根の干し具合に差は出ないのですか?」
吊り下がった大根を見ていて、ふと疑問が湧いたので質問してみました。
すると、「網手の女性たちがそこも計算して大根の太さ長さを調整して編んでくれているんです」。と、教えてくれました。
だいたい1束は7~8本の大根を編んで作られます。この編み上げる紐がまた特徴的で、引っ張っても切れないような特殊な紐で編もうと思うとかなり握力のいるものでした。燻す男性たちばかりではなく、網手の女性たちも力のいる仕事なんだなと実感しました。

編む・吊るす・燻す作業は1週間ほどで終わり、いよいよがっことなるための漬けの作業に入ります。
干し上がった大根に米ぬかと塩を振り、重ねて積んでいきます。
これを2ヶ月漬け込み、発酵させるといぶりがっこの完成です。

手間暇もかかるけど、素材本来の素朴で自然な風味を感じて欲しいということできむらやでは無添加にこだわっています。
「無添加にこだわるということは素材の旬と鮮度にこだわるということ。材料を厳選し、丁寧に漬け込むことで、自然が美味しさを造ってくれます」。と、木村さんは言います。
いぶりがっこの仕込みは雪が降り始める前の10月頃から始まり、12月には仕込み終わります。
なのでその年の旬ないぶりがっこは年の瀬から新年にかけて食べられるようになります。
待ってましたと言わんばかりにこの時期になると全国から注文がくるのだそうです。
「美味しかったからパッケージ取っておいてたの。いつでも電話出来るように」。と、言ってくれるお客さんもいてすごくやりがいがあると木村さんは笑顔で語ります。

ぜひ冬の秋田にきて車で走ってみてください。"くん煙中"とかかれたいぶり小屋から煙が立ち上り、中では寒さと重さと格闘しながら、古来伝承の手法で風味豊かないぶりがっこを作る熱い男たちがいます。お酒の肴にもお茶うけにもぴったりな癖になる味"いぶりがっこ"をぜひ一度お試しください。

  • プロフィール 武田昌大
    新しいもの・面白いものが好きで大学卒業後、デジタルコンテンツクリエイティブ業界に携わる。25歳の頃からふるさとである秋田県北秋田市をベースに農業活性や古民家活性に取り組む。
    新しい田舎を作り世界にワクワクを発信していきます。

最新の記事一覧