山のめぐみを、おすそ分け
春告鳥とも呼ばれるウグイスの「ホーホケキョ」という鳴き声や満開に咲く桜の木々は私たちに春の訪れを感じさせてくれます。世の中が春の知らせを受け取る頃、秋田の山々にはまだ多くの雪が残っています。4月になるとその雪も少しずつ解け始め、ふきのとうが顔を出し始めます。秋田弁で"ばっけ"と呼ばれる山菜で、秋田の春はばっけを食べることから始まります。「食べてみたい」と思っても山に入って山菜を採るなんて都会の人にはなかなかできないものです。今回はそんな山のめぐみである山菜を、あなたに代わって山の名人たちが採ってきてくれるユニークなサービスを運営している『株式会社あきた森の宅配便』の代表取締役を務める"山菜ガール"こと、栗山奈津子さんと山の名人たちをご紹介します。
若き山菜ガールが都市と里山をつなぐ
秋田県と青森県の県境にほど近い秋田県北東部に位置する小坂町。鉱山で栄えたこの町は、十和田湖高原や白神山麓など多くの山を有しています。その山々には多くの天然山菜が自生しています。野菜と違って栽培植物ではなく、野生植物である山菜はどの山に何がどれくらいあるか素人には見当がつきません。
「わー、この山はミズが採れそうだなぁ」。車を運転しながら山を見て、そう言った栗山さんの言葉に衝撃を受けました。
『株式会社あきた森の宅配便』が設立したのは平成18年12月。栗山さんのお父さんが初代社長として会社を立ち上げました。栗山さんは幼い頃からおばあちゃんと畑仕事をしたり田んぼに入ったりすることで自然と農業に興味を持ち始めました。高校卒業後、東京農業大学に進学し、作物生産、生態系、農業経済について学び、卒業後は地元にすぐ戻らず、食品メーカーの営業として働き始めました。メーカーの流通や営業の仕事に勤める中で、「やっぱり自分がやりたいことは幼い頃に触れていた農業だ」。と、気がつき若干25歳にして会社を継ぎ、2代目社長として働き始めました。栗山さんは、山菜ガールと呼ばれるほど山に詳しくとても活発な女性です。「毎年山菜を注文してくださるお客様がいる限り続けたいですし、山の名人たちの生きがいをなくさないようにすることが何よりも大切だと感じます」。と語る栗山さんは、あきた森の宅配便に関わる人々やお客様のことだけではなく、自然にも気を配ります。「山菜を枯渇させないように毎年採れる状態を保ち続けなければなりません」。山の名人の高齢化や山に入る若者の減少などの課題を解決したいと毎日奮闘しています。
あなたの代わりに、探してきます
あきた森の宅配便では首都圏等に住むお客様からのご注文をホームページやFAXで受け、完全予約制で天然山菜をお届けしています。面白いのは山の名人たちがその注文を受けてから山に山菜を探しに行くという仕組みです。今では26人の山の名人が所属していて、「趣味はダンス」「得意な山菜はワラビ」など、その一人ひとりがとっても個性的です。
今回はそんな山の名人のひとり、川口キサさんにお会いしてきました。
丸一日雪が降り続けることもあるこの時期、寒さをしのぐために部屋の真ん中に備え付けられているのは今は懐かしい薪ストーブ。朝起きたらまず自分の背丈ほどに積んだ薪を部屋のストーブにくべます。
「今年みたいな雪はわからねぇ」。と、今年の冬の厳しさについて語るキサさんは今年で78歳のお年を迎えます。もともとは百姓をしていましたが、子供の頃から山菜を採りに山に入っていたためこの辺りの山で知らないことはないのだそう。一度にたくさんの山菜を採ってくることもあり、山の名人の中でも主力のおばあちゃんです。
「採りすぎて夢中になってしまう。いい場所にあたると次から次と山菜を見つけていける。そこが最高に面白い」。と、山の魅力について語ってくれました。
山の不思議な魔力のせいか、そうやって夢中になって山の中を突き進んでいると時には迷子になることもあります。今では山の名人として活躍しているキサさんも若い頃に迷子になり、自分が今どこにいるかわからなくなって途方にくれたそうです。どうやって山から帰ってきたのですかと尋ねたら、「うちで飼ってた牛の鳴き声を頼りにそっちの方に歩いて行ったら帰ってこれたんだよ」。と、笑顔で答えてくれました。
他にも山には危険がいっぱいです。毒蛇や熊などの野生動物たち。「マムシは捕まえて、粉にして飲んでしまうよ」。と、語るキサさん。山の名人の頼もしさをひしひしと感じました。
山の名人は料理名人
山の名人はただ山菜を採るだけではなく、山菜の知識も半端ではありません。
一般的に山菜のイメージといえば「調理が面倒」「下処理が大変そう」などあると思いますが、あきた森の宅配便では山菜をお届けする際にその調理方法もセットでお届けしています。今回、キサさんがお手製の山菜フルコースを振舞ってくれました。
この写真の中にある山菜は全部で11種類。ふき、わらび、さく、さしどり、やまうど、ねまがりたけ、ぜんまい、みず、トンビマイタケ、さわもたし、むきだけです。どれもキサさんが受け継いできた伝統の山菜料理です。真ん中の大皿に盛り付けられた山菜たちは、七輪と炭でじっくり煮込まれた山菜の煮しめです。薪ストーブの炭を活用して、キサさんは七輪でなんでも料理を作ります。
左はみずの油炒め、右はぜんまいの油炒めです。
左は煮なます、右はからなますです。
「とんびどこさいった?」と、何かを探すキサさん。あったあったと出してきたのが上の写真の料理です。
これは「トンビマイタケ」と呼ばれるキノコと青南蛮を一緒に炒めたもので、甘辛な味と食物繊維が豊富なトンビマイタケのシャキシャキとした食感を楽しめる絶品料理です。夏になると山に自生し始めるトンビマイタケはその年の気候に収穫量が左右されるため採るのが難しいのだそうです。もともとは真っ白なトンビマイタケですが、手を触れた部分から黒く変色していく変わった性質を持っています。
山菜と一括りにされがちですが、その種類は多岐にわたり、その一つひとつの味を活かした料理もまた数多く存在していることに驚きました。
秋田の食文化、ライフスタイルを全国へ
お父さんから受け継いだ地域と都会を結ぶビジネスは少しずつ広がりをみせ始めました。
「新鮮な美味しい天然山菜をお届けし続けることはもちろん、"山菜"をキーワードに秋田の食文化、ライフスタイルをこれからも発信し続けたい」。と、語る栗山さんは2015年3月に環境庁主催で開かれた環境や社会に良い暮らしや取り組みを発掘する「グッドライフアワード2015」にて環境大臣賞最優秀賞を受賞しました。「環境と社会によい暮らし」を実践している仕組みとしてあきたの森の宅配便は選ばれました。
「正直選ばれると思っていなかったので驚きましたが、たくさんの人に認めてもらえたことを嬉しく思っています」。と、受賞の喜びについて語ってくれました。
大変なこともたくさんあるけどやりがいも多いのだそうです。
「最近では年配の方からのご連絡をいただくことも多く、若い人もおじいちゃんおばあちゃんも、田舎の人も都会の人も「山菜」で繋がることができるビジネスにやりがいを感じます」。2代目社長の仕事は始まったばかりですが、きっと彼女に共感して多くの方が秋田の山に訪れる日も近いのではないかと思いました。ぜひ山の名人たちが採ってきた天然山菜を一度お試しください。
写真協力:小松ひとみ
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