各国・各地で 風のしまたび

日本の真ん中に浮かぶ島々巡り 三河湾・伊勢湾の旅その1

2016年06月29日

高速船はやぶさ号は勢いよく白波を後方に立てながら愛知県知多半島の河和港を出発した。すこやかに晴れた空の下、まとう潮風が実に心地いい。絶好の島旅日和である。

それなのにデッキに出ているのは僕と、六人の中国人だけだった。揺れる船をものともせずパシャパシャと写真撮影に忙しそうだ。
しかし、これから僕が向かう場所は海外まで名を轟かすような有名な島というわけでもないはずなのに彼らはどうやって情報を手に入れてきたのだろう。見たところ個人旅行のようだけれど。最近は東京~京都~大阪の観光ゴールデンコースから外れて、リピーターの外国人旅行者が名古屋から白川郷や奥飛騨の方にも集まってきていると聞いたことがあったけれど、その波がこっちの方にもやって来ているのかもしれない。

中国語の懐かしい響きに耳を傾けながら船に揺られていると、やがて前方に今回の旅の一島目である日間賀島(ひまかじま)が見えてきた。

「なんていうか、タイの島みたいな感じだったよ!」
前の晩、名古屋で僕を泊めてくれた友人のWは言った。彼女と僕は不思議な縁がある。もともと学生時代のアルバイト仲間で、卒業以来何年も音信普通だった僕たちだが、四年前にチリを自転車で走っている時、ふと思い立したかのように連絡を取ってみたら、Wもまた結婚してチリに移住していた事を知り、地球の裏側で再会をしていたのだ。今回はちょうど出産のために一時帰国していたところだった。
「日間賀島に行くんだ」と僕が言うと、これまた面白い事があった。なんと彼女も前の週にちょうど日間賀島へ家族旅行に行ったそうだったのだ。
「どんなところだった?」と僕は聞いてみた。同じように世界旅行をした経験があるWは「タイの島みたいなところ」という何とも曖昧な表現で教えてくれた。
タイの島みたい…?うーん、分かるような、分からないような。いったいどういうことなのだろう。確かにあっちも中国人観光客はたくさんいたけれど…。

ところが船を下り、島に上陸してみると彼女の言わんとしていることがよく分かった。
「あぁ、タイの島っぽい!」僕も直感的にそう悟った。
小さな桟橋にかかるひなびた歓迎のアーチや、ぎゅっとした密度で連なる旅館やホテル。ファサード感とでも呼ぶべきか、島にやって来て初めに飛びこんでくる印象は確かにタイの島に似てなくもなかった。あるいはプエルトガレーラというフィリピンのミンドロ島にあるリゾートの面影もどことなく感じられた。

海に面した建物の裏には細い路地が縦横無尽に走っている路地裏感もそっくりだ。車も通れないような狭さをいいことに、水色のペンキで塗られた家の壁に沿って洗濯物がのんきに日向ぼっこをしている。路地裏ににじみ出ている島の生活感もどこか東南アジアを彷彿とさせる。船でわずか20分のところにまさか南国の島があるとは思わなかった。ここは日本の真ん中なのに。

東南アジアの島々と日間賀島に共通点を見出すとすれば、それは観光によって栄えた島ということがあるだろう。絶好のオーシャンビューを競うように、限られた場所の中で宿が密集する。宿も住居も外界への出入り口である港に近い方が何かといい。これが島のファサード感と路地裏感を生み出すひとつの理由なんじゃないかと思う。

日本の真ん中にあるから日間賀島という説もあるこの島は2000人弱の人口ながら年間310,000人を超す観光客を集めるという。名古屋から1時間ほどで来れるアクセスの良さに加えてタコ料理で知られている。三河湾に注ぐ良質な河川は豊富なプランクトンを育み、そのプランクトンを餌に育つカニやアサリを食べているのが日間賀島のタコだから、この島のタコはあまくて美味しいのだそうだ。タコに加えて近年ではフグ料理を安価で提供したことにより再び人気を集めていて、タコとフグにかけて「多幸と福の島」などと掲げている。やり手の島なのである。

さらに港にある生け簀ではイルカショーをやっていたり、漁業体験を観光プログラム化していたりと子供たちの取り込みにも成功している。抜け目がない島だ。学校の団体もよく来るらしく、僕が島に到着した時も桟橋には修学旅行の小学生たちが船待ちで待機しているところだった。先生たちにとっても島ならば、自由に子供たちを行動させられるから都合がいいのかもしれない。

「カッケ―!」「オレも乗ってみたい!」
スーツケースを後ろに装着した自転車で子供たちの前を通りがかると、彼らから黄色い声があがった。ふふふ、と僕は得意げな気持ちになりながら、まずは島の外周を走ってみることにした。

島はどこへ行ってもタコ、タコ、タコのタコ尽くしだった。タコのモニュメントに、タコのタイル、タコのマンホール(ときどきフグのマンホール)、無造作に積まれた大量のタコ壺…。しまいには駐在所までもがタコの形をしていた。こうも徹底していると、見ているこちらも気持ちがいいくらいである。

周囲6kmの日間賀島は30分もあれば一周できてしまう小さな島だ。小さな島に細い路地、ということもあってこの島の足は原付バイクが主流である。あちこちでヴィーンという軽妙なエンジン音とすれ違う。鍵をつけっぱなしで置かれているものも多い。ところが島で原付バイクを見かける度にちょっとした違和感が続いていた。何だかすっとしない、この引っ掛かりは何だろう。10台目くらいの原付バイクが僕を追い越した時、ようやく僕はその正体をつかんだ。
かぶってないのだ。
バイクに乗る皆誰もヘルメットをかぶらずに運転しているのである。一瞬、ここは島だからかぶらなくてもいいルールがあるのかと考えもしたが、そんなことはない、ここは日本だ。それに駐在所もあったはずなのに。続けてやってきた原付のおばちゃんもやっぱりノーヘルだった。

一体どういうことなのだと、あれこれ考えてみたが行き着いたのは「島だから」という曖昧模糊とした答えしか浮かばなかった。けれど、それは案外的を得たな答えでもあるかもしれないとも思った。つまり、島という小宇宙において優先されるのは日本社会よりも島社会ということなのだ。
なんというか、こんなところも東南アジア的である。というかこの緩さがこの島が南国っぽく感じる核心のような気さえ僕にはした。島では「交通ルールを守ろう」とか「ヘルメットをかぶろう」といったスローガンを見かけもしたが、それらは見事にほったらかしだった。

島を一周して、再び港に戻ってきたところで宿にチェックインをした。港からは少し離れたところにある旅館あじ浜。
例によって宿の予約も何もしていなかった僕に前日Wが紹介してくれた宿だ。彼女もここに泊まっていて、懐かしい旅館の雰囲気で落ち着けるよと勧めてくれていた。それに若女将がはつらつとした気持ちいい対応をしてくれたそうだ。
チェックインの時に若女将はいなかったのだけれど、代わりに人の良さそうな若旦那が部屋に通してくれた。すっきりと片付いた和室にほんのり漂うイ草の爽やかなにおい。見晴らしの良い三階の窓からは港を一望できた。必要十分で良い宿である。

電話予約の時点でもこの宿は良さそうな気配はしていた。直前だったにも関わらず快く予約を受け入れてくれていたし、こちらから何も言っていないにも関わらず「他のお客さんと同じ食事のメニューで良ければ…」と値引きまでしてくれた。おかげで元々お手頃な宿がさらにお得になってしまった。
前回の島旅で痛感したことだが、小さな島の民宿一人旅というのは結構ハードルが高い。二名からの受付も多く、一人はちょっと…と断られることも多いのだ。確かに一人の客のために食事や風呂を準備するのは手間や費用がかかるからだろう。けれど裏を返せば一人客を快く受け入れてくれる宿は、その時点で期待できる宿なのだ。

夕食まで少し時間があったので、自転車につけたスーツケースを外し、小回りを利かせられるようにして今度は路地裏や島の内陸部を走って回った。このぐらいの時間になると、路地裏は昼よりもずっとくらしの音が溢れていた。
トントントン…路地のどこかからまな板を叩く音や、「ようけおるなぁー」と世間話をする男たちの声。この島の訛りは名古屋弁をもっときつくした感じである。

島の一番高いところに小学校と中学校があった。学校の塀に沿って、卒業生たちの名前が描かれていた。航太や凪、海に関わる名前が目立ったのはここが漁業の島だからということだろうか。
その先の開けたところからは対岸に浮かぶ篠島を借景に、美しい眺めが展開されていた。

このぐらいになると風が強く吹くようになっていた。ビュービューと自転車が倒れそうな勢いで吹いている。時間も頃合いだったので僕は宿に戻ることにした。

「おかえりなさい」ようやく会えた噂の若女将が迎えてくれた。たしかにはきはきとしていて気持ちのいい応対である。先に大浴場で一日の汗を流してから部屋へ戻ると、すぐに若女将が夕食が運んできてくれた。カマスやコチ、エビフライなどが盛られたご馳走だ。それに赤味噌の味噌汁がなんといってもこの土地らしい。

「風がすごいですねぇ。いつもこんなですか?」世間話で尋ねてみた
「全然。これぐらいはまだ普通ですよ。この辺は年中風が強いんです。だからほら」といって窓を指差した。窓は二重窓になっていた。風も、そうだけれど冬もそこそこ冷えるそうだ。
「先週、泊まったWって覚えてますか?実は彼女に紹介されてきたんです」
「えっ、あぁー!覚えてますよ。仲の良さげなご家族で。お子さんがすっごく可愛いですよねぇ」
ちゃんと覚えていてくれたようだ。印象が良かったのはきっとWたちだけじゃなくて、若女将にとってもそうなのだろう。客と宿の程よい距離感で結ばれている感じが伺えた。さすが世界の宿を泊まり歩いたWが推す宿だけのことはある。
そして、「そういえば」、と若女将は思い出したかのように言った。
「あのご家族にゼリーも頂いちゃったんですよ」
「それってもしかして、ミカンの?」
「そうそう!なんで知ってるんですか?」
「だって僕も今朝、Wの家で食べてきましたもん」
「そうでしたか!」と部屋は朗らかな笑い声で包まれた。

ところでせっかく多幸の島にやって来たというのに僕はまだ肝心のタコを食べていない。今夜の夕食にもタコは入っていない。でも慌てる必要はないのだ。明日の朝食にはぷりぷりのタコが入ったタコ飯が出ると、前もってWから聞いている。
信頼できる人間から勧められるものに外れはなかったわけだし、明日のタコ飯も期待できるぞとホクホクした気持ちで、布団へと潜るとあっというまに夢の中に落ちた。

(次週に続く。三河湾・伊勢湾の旅は全四回を予定しています)

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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