各国・各地で 風のしまたび

海の道をつないでアイランドホッピング 広島県瀬戸内海の旅その1

2016年07月27日

ターンテーブルに流れてくる自転車の入ったスーツケースを受け取り外に出ると、じっとりとした湿度に素早く包まれた。広島空港の周りを囲む森深い山々はどんよりとした雲を抱えていて、崩れるまでそう時間はかからなさそうだった。
「来るタイミングを間違えたかもしれないなぁ」
携帯電話を開いて天気予報を見ると向こう数日間はひたすら雨マーク。梅雨の真っ只中だった。

瀬戸内海の島々をつなぐサイクリングロードを走りにやってきた。瀬戸内海のサイクリングロードといえば尾道市と今治市を結ぶ「しまなみ海道」が有名で、僕も以前二度ほど走ったことがある。ぽこぽことした島の影が幾重にも重なる多島海を橋で結んだ絶景コースは世界を見渡してもここでしか味わうことができないだろう。

でも、今回走るのはここではなくて別の道。
広島県ではしまなみ海道以外にも瀬戸内海らしいサイクリングロードがいくつか整備されている。呉市の島々をつなぐ「とびしま海道」、倉橋島から江田島を結ぶ「かきしま海道」、島ではないが三原市から呉市までの海岸線に延びる「さざなみ海道」の三本だ。
地図を広げてみると、広島空港の南にある竹原港から大崎上島を経由してとびしま海道にアクセスできて、さざなみ海道、かきしま海道の三つをつないで広島市へ抜けることができそうだった。合計140kmほどのサイクリングロード。これを三日ぐらいかけてのんびり走れば面白いんじゃないか、アイランドホッピングの旅だと閃いた僕はさっそく飛行機のチケットを手配してやってきた。

はずだったけれど…。

竹原港に着く頃には、いよいよ西の空はどす黒い雲が溜まっていて今にも決壊寸前という様子だった。山がちな地形に雨雲が停滞するせいで空が異様に低い。
カッパを持ってきてはいたけれど、雨中のサイクリングは旅というより修行のようなものだ。交通事故に遭う可能性だって高まる。できればやりたくない。
幸いにも南の空はまだうっすらと明るかったので、そこに一縷の望みを託しながらまずは大崎上島行のフェリーに乗り込んだ。
今日の走行予定は25kmほど。北の垂水港から南の明石港まで走って大崎下島行きのフェリーを捕まえるまでなので、二時間だけ天気が持ちこたえてくれればなんとかなるはずだ。

だが無情。雨は狙いすましたかのように、垂水港に到着した瞬間バラバラと降り出した。降り始めから雨粒の大きい本降りだった。
慌てて船の待合室に逃げ込んだ。建物は切符売り場とコンビニを兼ねているが、どっちが本業なのだろう。切符売りの人もコンビニの人も持ち場を離れて世間話をしているあたりどっちも本業ではないという可能性もありそうだけれど。とにかくこのゆるい雰囲気ならば、ここで自転車を組み立てても嫌な顔はされなさそうだったので、待合室の隅で自転車を組み立てながらとりあえず雨宿りすることにした。

一時間半ほど待機すると、少しではあるけれど雲の切れ間が覗くようになった。少しずつ細切れで雨宿りを来り返しながら進むしかない。カッパを着込んでもなお肌寒さを感じるねずみ色に染まった大崎上島を走り出した。

造船所や町役場を横目に海岸線に沿って走る。こんな天気だけに人気は全く無い。これはもしかしてただ走り抜けるだけの旅になってしまうんじゃ…そんな不安がよぎる。
ちょうどそのとき玄関先で作業するおじさんがいて、不意に目が合った。
「こんにちは」
挨拶を交わした時、おじさんの後ろに掲げられたのれんが目に入った。"岡本醤油醸造場"と書いてある。
「ここはお醤油屋さんなんですね。このあたりは醤油作りが盛んなんですか?」
「ええ。でも今ではうちだけですね」
おじさんはこの雨の中、突然自転車に乗って現れた男に話しかけられて若干の戸惑いを感じているように見えた。それは無理も無い、なにせ更に謎の真っ赤なスーツケースまで牽いているのだから。ところがおじさんは続けて思いもよらぬ言葉を発したのである。
「よかったら蔵を見て行きますか? 案内しますよ」
「えっ、いいんですか?」
思いがけず嬉しい誘いである。小雨のうちにできるだけ走っておきたいところだったけれど、こんな誘いを断って進むほど急ぐ旅でもない。僕は二つ返事で答えた。

蔵に足を踏み入れると、ふわっと醤油の柔らかい香りが鼻孔をくすぐった。急傾斜の木製階段を上がると30本近い醤油樽が口を開けていた。それぞれ発酵状態が違っているもろみだそうだ。それを見ながら岡本さんの醤油作り講座が始まった。

「ウチの醤油は昔ながらの天然醸造です。まずはこの瀬戸内海という土地についてお話します」
えぇ、そこから!? と素人の僕は思った。
だが、岡本さんの話を聞き進めていくと、醤油作りと土地がいかに密接な関係性にあるかが分かるようになる。
瀬戸内海は北を中国山脈、南を四国山脈に遮られた地形のため年間を通じて雨が少なくて気候がいい。晴天が多く乾いた気候は醤油の原材料である塩作りに良い影響を与え、天日干ししやすい環境となる。東の紀伊水道、西は豊後水道に通ずる瀬戸内海は潮の満ち干きを利用した入浜式塩田という方法で塩作りをしていたそうだ。このあたりは塩の一大産地で、塩で財をなした人は浜旦那と呼ばれていたらしい。
「このあたりで浜がつく地名はだいたい塩の産地だったところですね」
と教えてくれた。
それから小麦と大豆も塩害や乾燥にも強いことから積極的に作られていたそうだ。ちなみに大豆の生産が盛んで、海に面していることからにがりも簡単に手に入るので、豆腐もよく作られていたのだという。豆腐、塩、小麦を合わせて「瀬戸内三白」と呼ばれ、このあたりの特産品だったそうだ。
たしかに伯方島の塩や小豆島の醤油や素麺、香川のうどんとこの辺りの名産物のどれを取っても三白に関わるものばかりだ。広島のお好み焼きもそうで、このあたりの"粉モン"文化圏は土地に由来するものだったのだ。
「へぇぇー」
間抜けな感嘆詞しか出ないので岡本さんには申し訳なかったのだけれど、かといってそれ以上の言葉は僕には思いつかなかった。

こうして作られた原材料の前置きがあってから、いよいよ醤油作りの説明だ。岡本さんが醤油樽に差し込まれた棒をぐいっとかき混ぜると、中の層が現れた。プクップクッと表面が膨らんで弾けている。表面に手をかざしてみるとうっすらと温かい。菌が活動している証拠である。
「瀬戸内海の安定した気候はここでも麹菌の発酵やもろみの熟成を促してくれるんです」
発酵段階の順を追って樽の醤油を舐めさせてくれた。少しずつ味が醤油になっていくのが分かる。すっきりとしていて、でもどこか懐かしさを感じさせる味だった。

「ちょっとこちらへ来てください」と蔵と工場の二階にかかる橋のところへ僕を連れ出した。
「風通りが良くって気持ちいいでしょう。後ろを見てください。険しい山がすぐそこにあって、前を見れば海がある。山からは光合成した酸素たっぷりの空気が、海からはミネラルたっぷりの空気が蔵を通り抜けるから善玉菌が育ちやすいんですよ」
またもや僕はうなった。
「へぇぇぇぇー」
せめてさっきよりも情感を込めてみた。

「今でこそ機械を使って大量生産をするところもありますけどね、もともと醤油作りっていうのはこうやって知恵と技と心を合わせて作るものですからウチは天然醸造にこだわっているんです」
そう語る岡本さんの言葉は確固たる説得力があった。土地とともに生きる、か。言葉を体現して生きている人はやはりかっこよく見えた。

どうにかこの島の空気をどうにか持ち帰りたい。そう思った僕は醤油を一本おみやげに買うことにした。今晩の夕食に刺し身でも出たら、この醤油をつけて食べることにしよう。

突然の訪問にも関わらず一時間もの蔵案内をしてくれた岡本さんに礼を言い、再び島を走り出す。雨も今のところ小康状態だ。
今では広島で唯一となってしまった商船学校の前を通りかかる。このあたりは造船業が盛んだが、これも岡本さんの説明によると帆船の時代、潮待ちのために良い船大工が集まったからだという。そして、腕の良い船大工が良質の醤油樽を作ってくれたのだそうだ。土地の話を知ると、至る所でつながりが見えてくるから面白い。

商船学校のすぐ先で内陸に入り、一山越えて反対側の木江地区に出る。古い家並が残っていると聞いていたが、空き家も多く放置された家が目立つ。湾にある大きな造船所から響くガーンガーンという無機質な音ばかりが冷たく鳴り渡っていた。

木江から明石港までの海岸線沿いは、瀬戸内海の多島美が感じられる風光明媚な道だった。惜しむらくはこの天気だ。晴れていれば小躍りしたくなるような景色が堪能できただろうに…。空はいよいよポツポツと雨脚が戻し始めていた。急がなきゃな…自転車のギアを一枚重くしてスピードを上げると前方から小さな影が近づいてくるのが見えた。

あれは…チャリダーだ!

向かいから重たそうなカバンを前後の荷台にくくりつけた自転車旅行者が現れた。こんな天気の日に自転車を漕いでいるヤツがいるなんて。僕は仲間を見つけたようで嬉しくなった。それは相手も同じだったらしく、どちらからともなく互いに自転車を停めた。
大学生のユウキくんは四国一周の旅をして来たそうだった。木江に母親の実家があるらしく、今日はそこを目指して走ってきたのだそうだ。
初めての自転車旅は今日で九日目。僕はわざといじわるな質問をしてみた。
「そろそろ体も疲れが溜まって、自転車に乗るのが嫌になってくる頃じゃない?」
「いえ、こういう旅をしたことがなかったから...大変だけどすごく楽しいです」
初々しく、そして瑞々しくそう語るユウキくんにいつかの自分が重なったような気がした。

聞けば、走ることで精一杯でどこかで観光に立ち寄るとか、休憩を取るといったことも全くせずにここまで来たらしい。ガムシャラにペダルを踏むことしか知らない彼の気持ちは僕もよく理解できた。たしかに気持ちの余裕はなかったけれど、無我夢中でペダルを回すことに情熱を注いでいたあの日が懐かしく思えたのだった。
「どこにも寄れなかったですけど、でも自転車を漕いでいるだけでこんな風に出会いがあるから面白いんです」
自転車は無防備な乗り物である。雨にも風にも弱く、上り坂も苦手だ。けれどそこから逃げることはできないから向き合わないといけない。すると車やバスに乗ったのでは見落としてしまう道辺の様々なことに気がつく。においや肌寒さ、すれ違う人…そういったものに気がついた時に自由にストップできることが面白いのだ。どこかの景勝地に立ち寄ったりするだけでは味わえない中毒性をはらんでいる。
「ハマっちゃったんだね」
「ま、まぁそうですね」
恥ずかしそうにしながらも彼は頷いた。

ユウキくんは尾道まで行けば、神戸から友人が迎えに来てくれるそうだ。順調なら明日にも到着できるだろう。
「最後まで気を抜かずに安全にね」
「はい」
フル装備の自転車はよろよろと坂道を上っていった。頼りなさげな足取りとは裏腹にその後姿は充足感に満ち満ちていた。

話し込んでいたらすっかり時間を取ってしまった。雨は再び本降りになっていたし、そろそろ大崎下島行のフェリーの最終便も迫っている。急がなければ。タイヤから跳ね上げる雨水も気にせずスピードを上げた。
ところが港に到着した時、僕はまたもややらかしてしまったことに気がついた。18時55分だと思っていた最終便は19時55分で一時間以上も早く到着してしまったのだ。どうして毎回こんな凡ミスをしてしまうのだろう。ガックリうなだれてしまったのと、雨に打たれながら走ってきたせいもあって急激に体が冷えて熱が出そうだった。このままここで一時間も待っていたら確実に体調を崩してしまうだろう。

そんな時、さっき温泉の看板を見かけていたことを思い出した。
「あれはユウキくんと会う手前だったはずだから、そんなに遠くないはずだ」
湯冷めの心配はあったけれど、僕は温泉を目指して来た道を戻った。

きのえ温泉清風館は小高い崖の上に建つ立派な旅館だった。崖っぷちに露天風呂がせり出していてとてつもないロケーションだ。雨で滲んで水墨画のようなモノクロの濃淡で描かれる島々を眺めながら、ぽかぽかの温泉に浸かる。冷え切っていた体温が揺り戻されていくのが分かる。なんという贅沢だろうか。この素晴らしい温泉も船の時間を間違えていなければ味わうことなく去っていたはずだ。

最終船に乗り遅れるわけにはいかなかったので、僅か15分でこの極上の湯心地から上がらなければならなかったがその頃には雨も止んでいた。冷えた体を温めて、船までの時間を使えて、雨まで止んだのだから一石が三鳥にも四鳥にもなった気分である。

島を走りだした当初のただ走り抜けるだけになってしまうんじゃないか、なんて不安はもう微塵も感じていなかった。
「やっぱりどう転んでも面白いのが旅だよなぁ」
今日もいろいろあった、そんな満足感に酔いながら大崎下島行のフェリーに乗り込んだ。

(次週に続く。広島県瀬戸内海の旅は全三回を予定しています)

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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