各国・各地で 風のしまたび

大和と琉球を結ぶ国道58号線 鹿児島県トカラ列島の旅その2

2017年02月01日

「ヤギ汁が残ってるから、よかったらどうですか?」
ヨットの旅人たちを見送った後、居合わせた家族が誘ってくれた。昨日、彼らと一緒に捕まえたヤギがまだ少し残っているとのことだった。もちろん断る理由なんて無いので、お相伴に預かることに。車で住まいのある日之出地区まで連れて行ってくれた。
このKさん家族は中国地方のとある島の出身で、中之島に魅せられて移住をしてきたそうだ。今時、インターネット通販を利用すれば買い物もしやすくなったし、物流の役目も果たすフェリーとしまの就航率も昔に比べればずっと良いから、仕事さえ見つかれば移住のハードルは思っているよりも高くはないよ、と教えてくれた。
それにしても、島から島へ、だ。長らく島暮らしをしてきた人間にとっては、やっぱり島のサイズ感が落ち着くのだろう。
移住するにあたっての四方山話を聞きながら、野性味が口の中で溢れるヤギ汁をすすった。

Kさん家にお邪魔した後は、テントに戻り、タオルを持って10分程のところにある東区温泉へ。
港から一番近い西区温泉は夜間の利用ができないけれど、こちらは24時間利用可能。簡素な作りながら、湯心地は上々で、キャンプの前に体をポカポカにできる。

中之島では温泉があるために、内風呂を持つ家は少ないという。夕食を終えた人たちがパラパラと湯船に浸かりに来ていた。
宮崎から工事のためにやって来ているという男性と少し話をした。もう2ヶ月近く島で仕事をしていて、あと3ヶ月程滞在予定だという。年頃の男性だったから、娯楽のない島での休日は退屈で仕方ないだろうなと余計な心配をしていたのだけど、彼は「実は釣りが趣味なんで…」と顔を綻ばせた。太公望に心配は無用というわけか。
「ここは良いところですねぇ」
肩までお湯に浸かった男性が、しみじみと、心の底からの気持ちを吐き出すように呟いた。

体の芯まで温まって、鼻歌交じりでテントへと戻る帰り道には、無数の星がきらめいていた。チカッと流れ星が光る。
確かに良いところだなぁ、と僕もそう思った。

一転して翌朝は空に不穏な空気が漂っていた。
あぁ、これは降るかなぁ、なんて空を見つめているうちに雨粒がテントにパラパラ落ち出した。
窮屈なテントなので、村役場出張所の方へ避難。
「この島の雨も雷も、本土とは比べ物にならないですよ。台風が来た時なんかは風も波もそれはもうすごいんです」
雨宿りをしていると出張員の方が教えてくれた。これまでも黒潮の海に取り囲まれた島をいくつか旅してきただけに、剥き出しの自然の怖さは十分に想像ができる。

一時間程待つと、幸いにも雨も止んだので島を走りに行くことに。日之出地区を通って島の反対側を目指した。
日之出地区はその名の通り、日之出を真っ先に拝める高台部に位置している。昨日、Kさん家族に連れて行ってもらっているので、既に知っていたけれど、そこへ至る道はとてつもない激坂つづら折りの連続。一気に標高230m程まで上らなければならない。
中之島では集落ごとに住民の出身地域が分かれていて、海岸沿いの西地区には昔からの住人が、東地区には奄美からの移住者が、日之出地区にはその他の地域の移住者が多いそうだ。この地区を開拓した人々には頭が下がる。

自転車のギアを一番軽くして一漕ぎ一漕ぎ上り進めていくと、「頑張れー!」と島の人が運転する車が声をかけていってくれる。島人たちに受け入れてもらえているんだ、そんなことが単純に嬉しくて僕の馬力になる。

激坂を登りきると、視界が開けた。御岳の緩やかな裾野ではトカラウマが優雅に牧草を食んでいる。

トカラウマは県の天然記念物に指定されている西洋種の影響を受けていない在来種。自転車で目の前を通るとウマたちが一斉に駆け寄ってきて、鉄柵から顔を覗かせた。この島は人も馬もとても人懐こい。

ちなみに昨日のヨットの見送りにも来ていたトカラウマ牧場の管理者は、ホンジュラス人と日本人の夫婦だ。この小さな島には国内のみならず、世界中から様々な人たちがやって来ている。きっとそれもこの島の持つ大らかな性格に依るところがあるのだろう。

さらに自転車を奥へと進めると、次第に人気のない地域へと変わっていく。眼下には僅かばかりの海岸が延びている。

この辺りにも道路も敷かれ、畑もちらほらと点在しているけれど、そこはヤギの住処。道のあちらこちらにヤギの糞と足跡が残っている。耳を澄ますと道沿いの笹ヤブがざわついている。笹ヤブに目を凝らしてみると、やっぱりいた。突然現れた自転車の珍客から逃げようとするヤギと目が合った。
彼らからすれば、数日前に仲間が獲って食われてしまったばかりだ。どのヤギも僕を認知した瞬間、必死で逃げる。お尻を振って小走りで走る姿が申し訳なく思いつつも可愛い。

南東部に立つヤルセ灯台を過ぎて、しばらく行くと道が亜熱帯の森に阻まれて途切れた。ここが恐らく最奥部。眺望は冴えないけれど、ここでランチを食べて、引き返すことにした。

再びヤギを驚かせてしまいつつ、七ツ山海岸や底なし沼といった場所に寄り道をして、テントのある港まで戻った。

今日こそは午後に御岳に登ろうと思っていたけれど、朝方の雨宿りが響いて今回も断念。明日の船で島を離れる予定だったし、火口の景色は絶景との噂だったので悔しい。

サイクリングでかいた汗を流すために、今日はテントから近い方の西区温泉へ。
「今日はあの自転車でどこまで行ったの?」
なんて世間話を後からきたおじさんにされながら、肩を並べて湯船に浸かる。住民が誰でも利用できる温泉が憩いの場としてあるなんてやっぱりいいな。

早い時間帯の入浴だったため、温泉の湯温がかなり熱く火照った体を覚ますために、夕方の海岸沿いを散歩して歩いた。集落に数件ある民宿の前を通った時、昨日温泉で一緒だった工事の男性と再会した。
「散歩ですか? 今日も温泉で待ってますよぉ」
男性は何の気なしに言った言葉だろうとは思うけれど、「もうお風呂には入っちゃいました」なんて野暮なことは僕には言えず、「あ、あとで行きます」と答えてしまうのだった。

(次回に続く。鹿児島県トカラ列島の旅は全4回を予定しています。)

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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