サトウキビ王国のあった島 沖縄県大東諸島の旅その4
大東諸島3日目の本日は、フェリーで隣の北大東島へと渡る予定だった。
那覇と大東諸島を結ぶ定期航路は航空路線と同じく北大東島を先に周る「北先行」と、南大東島を先に周る「南先行」が数日おきに運行されている。
この日の便は北先行で、まず始めにフェリーは北大東島に寄り、その後南大東島に入港し、再び北大東島に戻り、一晩停泊する。そして翌日、再び南大東島に立ち寄って那覇へと戻るルートとなっている。
隣り合う島同士でさえ、人や物の行き来をこの定期船に頼らなくてはならない状況が、このわかりづらい航路を産んでしまっているのだが、このダイヤをうまく利用すれば那覇に戻るついでに北大東島に一泊することができる。
大東航路は年間70航海程度と運行回数も少ないので、このややこしい時刻表とにらめっこして、周遊順序を計画することが大東諸島を訪れる旅人の始めの一歩となる。
そして定期船「だいとう」には旅人を惹きつけてやまない、とっておきの仕掛けがあった。
先に記したように大東諸島は珊瑚礁が堆積してできた島で、険しい岩礁に囲まれていて、潮の流れも速いためフェリーを接岸させることができない。そこで編み出されたのがコンテナ型の入れ物に乗客を乗せ、それをそのままクレーンで吊り上げフェリーに乗せるという力技である。
例えるならば、人間UFOキャッチャーとでも言うべきだろうか。こんなユニークな乗船方法は聞いたことがなかったし、そんじょそこらのテーマパークのアトラクションよりもよっぽど魅惑的で、実はずっと心待ちにしていたのだった。僕のようにこれをやりたいがために大東諸島にやってくる旅人は少なくないという。
「2泊以上してくれた人にはいつも渡してるんですよ」
朝、宿代の精算をしようとすると、おばさんが大東寿司を持たせてくれた。一泊2,500円の安宿だったし、まさかこんなお土産を頂けるとは思ってなかったので素直に嬉しい。
「3泊目からは一泊2,000円になるので、次はもっとゆっくりしていってくださいね」
なんだか去るのが惜しい宿だった。
フェリーの出航は16時だったので、まだ時間はあったけれど、先に切符を買っておかなければならなかったので西港の切符売り場へと向かった。
ところが、港は閑散としていて何だか少し様子がおかしかった。時間で言えばフェリーが入港して荷物の積み下ろしをしている頃のはずなのに、肝心のフェリーがどこに見当たらない。嫌な予感がしていた。
ここで今日の便が運休になる可能性があることを知らされた。聞けば、まだ北大東島にも入港できていないそうだった。今日の天気も引き続き風の凪いだ快晴だったから実感に乏しいけれど、海がかなり荒れているそうだった。
ひとまず切符を購入して、とりあえず様子見
というところで、間もなくフェリーの運休が決定。北大東島には渡れなくなってしまった。
北大東島に行けないことはもちろん残念だったけれど、それ以上に僕の頭にあったのは人間UFOキャッチャーのことだ。せっかく大東諸島くんだりまで来たにも関わらず、人間UFOキャッチャーを体験せずして、すごすごと帰るのは有り得なかった。何としてでも吊られたい!
係員の話では、フェリーの入港さえできれば明日、直接那覇へ戻る便として振替えになるということだったので、希望を持って島にもう一泊することにした。ここまで来たのだから飛行機で帰る選択肢はない。
「それじゃあ明日もお寿司持ってきましょうねー」
一度挨拶もして、お土産ももらっていただけに、もう一泊させて下さいとお願いするのは、ちょっとだけ決まりが悪かったけれど、そう言ってもらえてホッとした。
明けて翌日は、快晴続きだった南大東島もついにどんよりとした曇り空に覆われてしまっていた。風も強く、サトウキビ畑がざわついている。
天候で言えば確実に昨日より悪化していただけに不安がよぎったけれど、正午前に役場から電話が来て、時間を繰り上げて出航するとの知らせを受けた。
すぐに荷物をまとめて港へ向かう。
「おぉ、あれか!」
昨日は見かけなかったフェリーが波止場に繋留されていて、手前ではオレンジのクレーンが長いアームを空に向かって伸ばして待機していた。脇には水色の鉄柵で囲われたコンテナが置かれていた。
ところが、コンテナは思った以上に飾り気がなく剥き出しで、好奇心を恐怖心に変えてしまうような頼りのなさだった。このコンテナに入って、あのクレーンに吊られるのである。大丈夫だろうか 。実物を見たら激しく不安になってきた。
フェリーは波止場から7~8メートルぐらいのところに繋留されている。たった数メートル程度の隔たりとはいえ、もしワイヤーが切れでもしたら、一巻の終わりである。それに荒波に揉まれた船は前後左右に激しく揺れている。こんなところにコンテナを上手く着地させられるものなのだろうか ?
この日は沖縄本島から役場関係者と思しき人間が島の視察に来ていて、彼らのためのコンテナ宙吊りデモンストレーションが僕たち一般客に先立って行われていた。実際に宙吊りされたコンテナは見上げるほどに高いところまで吊り上げられていたのだから、さらに気後れしてしまった。
いよいよ乗船の時間がやって来る。
「一回で行きますから、詰めて乗ってくださいねー」
係員は事務的にそう言うけれど、重さによるワイヤー切れを心配する僕は内心ヒヤヒヤしていた。もっとも、不安なのは僕だけではないようで、他の乗客もハラハラした表情でクレーンの先端を見つめていた。
コンテナの入口が閉じられる。動き出したら最後、もう引き返すことはできないジェットコースターに乗り込んでしまったような気分だ。あぁ、今すぐここから逃げ出したい
。
すると突然、フワッとした感覚が全身を駆け巡って、視界がどんどん高くなっていった。
「おぉぉ-、う、浮いてる
!」
ワイヤーが引っ張られる瞬間、強い衝撃を感じるものかと思っていたけれど、そういった衝撃は何も無く、気がついたら吊られていたという感じだ。
2メートル、3メートルと高度が上がるとブオォっと強風が吹き付けて、思わず手摺りをきつく握ってしまうが、コンテナはほとんど風に揺られるわけでもなく安定してフェリーの方へと運ばれていく。頼りなさ気なコンテナの見た目と実際の安定感のギャップが不思議な感覚だった。
激しく白波を立てる海をあっさりと越えると、足元に甲板が見えた。するするとコンテナの高度が落ちていく。着地もとてもスムーズで、むしろ着地した後のフェリーの揺れの方に驚いてしまったくらいだ。
「あれ?もうおしまい
?」
時間にしてみればほんの20~30秒。けれど、その20~30秒の浮遊体験で僕はすっかりこの空飛ぶコンテナに魅了されてしまった。
「面白いっ!!」
さっきまでの不安はどこ吹く風と言った感じで、思わず「もう一回!」と言いたい気分だった。けれど、残念ながらこればかりは一回の乗船に付き一度しか体験できない。それだけに昨日の北大東島行フェリーの欠航を恨めしく思った。
フェリーに乗り込んだ後は、那覇まで約15時間の船旅だ。それなりに時間に余裕がなければなかなか乗れない航路であるし、フェリーのスケジュールも合わせなければならず、人間UFOキャッチャーを体験したい人にとっては頭の痛い問題かもしれない。でも、もし、吊られるだけのために大東諸島を訪ねるのは有りか無しかと問われたとしたら、僕は「有り」だと声を大にして言いたい。
こればかりは言葉では伝えるには限界があるし、この面白さはきっと体感しないと分からない。
たった数十秒の空飛ぶコンテナのために、遠路はるばる大東諸島へ。ちょっとでも「吊られてみたい!」と思ったならば、そんな酔狂な旅も有りじゃないかと、僕は思うのだった。
(次週からは大阪府・和歌山県の旅をお送りいたします)