各国・各地で「瀬戸内・小豆島 ─日本の中の、ラテン─」

日常の食卓を、ちょっぴり輝かせるお塩

2014年08月06日

「この食卓で、今のところ買わなければいけないのは酒だけですね」。ゆったりと笑う蒲夫妻の食卓にその日並んだのは、庭でとれた新鮮な野菜を使ったかき揚げやサラダに漬け物や煮物……、そして、絶品塩むすび。料理に欠かせない塩を作り、畑や田んぼで作物を育てる蒲さんたちにとって、食卓のほぼすべてが自給できています。今回は、瀬戸内海の海水のみを使い、40年ぶりに島に昔ながらの塩づくりを復活させた蒲夫妻の、美しい暮らしのお話。

約40年ぶりの、塩屋復活

現在は、「醤の郷」と呼ばれるほどに醤油蔵が多く存在する小豆島。しかし、その起源をたどると、古くから塩作りが盛んで江戸時代には幕府への献上品にもなっていたほど良質な塩が出来ていたことが分かります。しかし、加工品の方が価値が高かったため徐々に醤油へと移行していき、いつしか塩屋は島から消えてしまいました。

そして近年、かれこれ約40年ぶりに塩作りを復活させたのが、海なし県である岐阜で育った蒲敏樹さんでした。塩を作り出したきっかけは、「瀬戸内海をじっと見ていたら、中学の時に自由研究で塩づくりをしたのを思い出したんです」。敏樹さんは、たびたび真顔で嘘のような本当の話をする。「私も聞いたときには、ふーんと思っただけで、本当に塩専業になるなんて思ってもみなかったな」と、奥さんである和美さんは笑います。

こうして、独学でスタートした塩作り。はじめは、思うような塩が出来なかったと言います。「なぜか灰色の塩が出来上がったんよな」。と、敏樹さん。そこで、和美さんの後押しもあり、同じ製法で昔から塩を作っている職人さんを紹介してもらい、山口県へと学びに行きました。「灰色の塩ができるのは、窯を一回いっかい綺麗に洗っていたことが原因だと分かったんです」。どうやら、一時も火を絶やすこと無く炊き続けることが重要だそう。夏場は40℃を越す暑さになる小屋の中。過酷な状況下でも、24時間365日火を炊き続けることによって窯自体にミネラルやカルシウムなどが付着し、白い塩を生み出すようになるのだとか。

敏樹さんは1日に何度も窯の様子を見て、浮いてきたカルシウムを取り除きます。「口に入れても溶けないものなので、取り除かなければもさもさとした悪い舌触りになってしまうんです」。そして、最後結晶を出すときには、早朝から晩まで窯に張り付いての作業。「自然相手なので、毎回同じように作ってもなぜか出来上がりは少しずつ変わってきます。この結晶を出す作業のときが一番、同じ品質まで持っていけるかどうかに神経をつかいますね」。

師匠との待ち合わせは、田んぼに18時

敏樹さんと話していると、度々「師匠」という言葉が出てきます。てっきり塩作りの師匠かと思いきや、釣りや田んぼ、農作業のための機械や畑、そして猟まで、ありとあらゆる暮らし作りの師匠だそう。「師匠は今75歳ですがとっても元気で、しょっちゅう一緒にいるんです。今日も、18時に田んぼで待ち合わせ」。と、笑います。そういえば、去年の冬にふたりの家を訪れたときには、師匠が獲った臭みがなくて美味しいイノシシで鍋を囲んだことを思い出しました。

「まだまだ学ぶことが多くて、話題はつきませんね。先日、早朝から釣りに行って1日中船の上でふたりきりだったときは、さすがに『もうそろそろ帰りましょうか』と切り出しましたけど(笑)」。どうやら自慢の窯も、師匠が紹介してくれた左官屋さんが、五右衛門風呂の熱伝導を参考に作ってくれたという特殊技術が詰まった物だと言います。敏樹さんは、古くからの良き知恵を、余すところなく師匠から受け継いでいるよう。

日常を輝かせるマジック

「今は、本当に外に出なくなったね。車でたった10分のところにご飯に行こうと思っても1日を終えたら疲れてしまって、なかなか重い腰があがらない」。そう笑いながら話す和美さんですが、確かに味噌などの調味料から手作りし鶏まで育てるなど、ふたりの食卓に上るものをすべてつくりあげるには体力も時間も必要そうです。

「何にもないんだけどね」、そう言いながら台所に立つ和美さんの手にかかると、ニンジンの葉だって単なる塩むすびだって、時間をかけて頂きたくなる"ごちそう"なんだと、はっとするのです。「この島には何でもあるけど、娯楽はないよね」。敏樹さんがそう言うと、「うーん、確かに無いけど、私たちやりたいことをやっているから、全然退屈したことないよね」そう、和美さんが微笑む。

奇を衒った味ではなく、丸みを帯びた舌触りで何にでも合うふたりのお塩、『御塩』。"当たり前"のおむすびも、ちょっぴりいつもと違った表情を見せ、日常の食卓がほんの少し輝きを増す。『御塩』が、そんな密やかなマジックを持っているのは、ふたりの人柄が生み出すものなのでしょうか。

お知らせ

Found MUJI Marketにて、今回ご紹介した「御塩」を8月29日に販売の予定です。

  • プロフィール 中村優
    台所研究家。料理は国籍や年齢を超えて人を笑顔にするとの信念のもと、家庭料理を学びながら世界を放浪旅した後、料理・編集の素敵な師匠たちに弟子入り。最近は、ロックなおばあちゃんたちのクリエイティブレシピを世界中で集めている。

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