各国・各地で「瀬戸内・小豆島 ─日本の中の、ラテン─」

「沖ノ島らしい味」の、レモンケーキ

2014年12月03日

小豆島の北東108mの沖合にちょろっと見える、「沖ノ島」という名の小さな島があります。周囲たった2.8kmのその島は、小豆島の端から泳いで渡れそうなほど目と鼻の先にあるのですが、橋が掛かっていないため移動手段は渡船。往復100円で1時間に1本は出ている渡船ですが、その他の時間でも「なんとなく人が立っているのが見えたら」島の人が船で迎えに来てくれるのだとか。今回は、そんなほっこりとした情景が素敵な沖ノ島の無農薬レモンを使って、絶品レモンケーキを作る来秋恵さんのお話。

ミネラルたっぷりの土地で育った輝くレモン

「沖ノ島の野菜や果物が格別においしいのは、遮るものなく日の光が入ってくる土地柄や、海藻やヒトデ等を肥料として与えているからではないかしら」
沖ノ島で生まれ育った来秋恵さんは、きらきらとした笑顔で話します。現在この島には20世帯が住んでいますが、ほとんど全員が船舶の免許を持っており、自転車のように日常的に船を乗りこなします。14世帯が漁業を行っており、その副産物としてとれた海藻等は干して肥料として畑にまかれるのだそう。そうして実った野菜や果物は、ミネラルたっぷりの「沖ノ島らしい味」がするのだという。

一度島を出て奈良で働いていたものの、10年前に帰って来てからは島でお仕事をしつつ農業もして、ケーキを焼いているという来さん。実は、来さんのお家は沖ノ島に代々伝わる名家であり、だいたい秋恵さんの代で17代目くらいだと言います。島の歴史や豊かな沖ノ島での暮らしのことを誇らしげに話す来さんを見ていると、なんだかこの島に上陸できたことですら誇らしくなってしまいます。

来さんの畑には、柚にすももに金柑やザクロ、野菜だって数十種類が植えられ大切に育てられています。そのなかに、すくすくと立派に育ったレモンの木が1本ありました。これは、今年89歳になる来さんのお父様が、大切に育てているノーワックスレモン。色々なお菓子を作る来さんですが、このレモンをまるごと1個使用した贅沢なレモンケーキは、そのなかでも群を抜いた存在感を放ちます。

素朴なのにハッとするレモンケーキ

来さんのレモンケーキは、どこか懐かしいのにその食感と口に広がる香りにはっとさせられます。徳島産の卵に国産の小麦粉、生クリームもたっぷり使用し、素朴なのにおろしたてのレモンの皮と絞り立ての果汁をたっぷり使った甘酸っぱいアイシングは、このケーキに華やかな色気を加え、もう、一度食べると虜になっちゃうのです。「1度にもっと作れると良いんでしょうけどね、なぜか味がほんの少し変わってしまうし安定しないので、1度に2ホールが限界なんです」。そうして、予約が入るたびに2ホールずつを丁寧に焼き上げていくのです。

「レモンはたった1本の木しかないので、ケーキも量産は出来ません。それに、レモンが緑色の時期と黄色の時期では、香りに少し変化があるんですよ」。鼻を効かせたり、食べ続けていないと気づかない程の微々たる変化。しかし、そうやって味や香りで季節の変化を感じられるなんて、なんとも美しい。

「旬を逃さぬよう常に動いているので、『田舎に戻ったらスローライフ』という、以前持っていたイメージは覆りましたね。でも、『おいしい』って言ってくれる人たちがいるので、毎日楽しく続けられるんです」。そういって、いつも忙しくしている来さんは、カラッと笑います。

常連さんの仲間入り

その後夕食を食べようと、小豆島にある来さんの行きつけのお店『みまつ』に足をのばしました。ほぼカウンターのみのこのお店には、常連さんたちが連日集います。今の旬のものをタイミングをみながら、お腹の減り具合を見ながら出してくれる良い塩梅のお店。「秋恵ちゃんがつくるオリーブは本当においしいのよ~」と、これまた無農薬で育てたオリーブの新漬けを出してくれました。なんだかフルーティかつさらっとした美味しさで、いくつでも食べられてしまう。

なんでもないことを話しているうちに、「この前雑誌に載ったのよ~」と、お母さんが見せてくれたのは、なんとプロレス雑誌(笑)。どうやら、たまたまここを訪れたプロレス雑誌の編集の方がこのお店に惚れ込み、自身のコラムに書いたよう。……なんだか、その気持ちはすごくわかるんです。多分ここは、一瞬でご近所さんに仲間入りしたかのような、暖かい「地元体験」ができる場所。とれたての穴子の蒲焼きも自家製の梅酒もおいしくて、空気はあたたか。以来、私も家に帰るように毎回通ってしまう素敵なお店です。

今回の来さんのレモンケーキは、おいしいレモンが実り次第、Found MUJI Marketにて販売致します。

  • プロフィール 中村優
    台所研究家。料理は国籍や年齢を超えて人を笑顔にするとの信念のもと、家庭料理を学びながら世界を放浪旅した後、料理・編集の素敵な師匠たちに弟子入り。最近は、ロックなおばあちゃんたちのクリエイティブレシピを世界中で集めている。

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