各国・各地で「瀬戸内・小豆島 ─日本の中の、ラテン─」

お金で買えない価値

2015年02月04日

普段は小豆島の美味しい物語を伝えるために発信しているこのコラム、今回の主役はなんと、自転車屋さんです。どの町にも一軒は存在しているような重要な「まちの自転車屋さん」ですが、お店の前に置いてあったのは、大きな蜂の巣……!? 今回は、自転車屋さんが作る、史上最高に美味しくて特別なはちみつのお話。

あるのは自転車、だけじゃない

小豆島に来ると、思ったより大きな島なんだなと意外に思う方も多いと思います。そう、実は島の周囲は約140km、くるっと一周すると車でも1.5~2時間はかかるのです。そこで、移動に便利な自転車を借りようと思い訪れた『石井サイクル』。今年で50周年になるというこのお店では、店主・石井城光さんが長年培って来た目利きと高い技術、そして自身の趣味が高じて、ビンテージバイクや稀少なバイクを数多く有しており、それをレンタルすることも出来ます。「素敵な出会いがあって、大阪の師匠のもとで6年程修行の後に島で自転車屋を開いたんだ」。自転車屋を初めて数年後、石井さんの強い好奇心と先見の明により、当時は全国的にも稀だったレンタサイクル事業を島で初めてスタートさせたのです。

そんな、技術と信頼の蓄積がある自転車屋さんですが、それだけではありませんでした。店内にところ狭しと貼られた写真は、なぜかお客さんがはちみつを試食をしているところであり、ディスプレイされた自転車には蜂の巣が吊るされているのです。店主である石井城光さんに話しをきくと、石井さん自らが育てている日本蜜蜂のはちみつを試食できるのだとか。

「英字新聞に載ったんやで」。と見せてもらった記事には、蜂の巣が切り株のなかで育つ様が。そもそも、石井さんと蜂との出会いは15年前、とあるお寺の約350年経った松の木から日本蜜蜂が出ていることを知り、その松の切り株を譲ってもらい日本蜜蜂を育て始めたのだそう。

蜂に合わせて生活する

日を改め、石井さんが本業とは別で行っている「ハチ見学」に申し込みました。日本でも主流な西洋蜜蜂のはちみつは、通常巣枠の付いた巣箱で蜂を飼い、煙をかけて蜂を大人しくさせたところで取り出し、遠心分離機にかけてはちみつをとるのが一般的。それに対し石井さんが育てる日本蜜蜂(つまり野生の蜜蜂)の巣箱は、四角い箱のみ。蜂が自ら、ハニカム構造と呼ばれる美しい六角形の巣を作ります。そして、とった巣は建具屋さんがつくってくれたという棚の中で温めてはちみつをとるという、なんともプリミティブな方法です。石井さんは、「最近、温度によってはちみつの色が変わることに気づいたんだ」と嬉しそうに、チャーミングに語ります。石井さんの育てる蜂は、主に枇杷の花の蜜を集めてくるため、フルーツのように爽やかに甘い香りと上品だけれど芯のある味わいの、美しいはちみつが出来あがるのです。

「やっぱりな、コントロールしようとしたらあかん。ハチのサイクルに合わせて人間が動くんや」と、石井さんは毎日蜂に合わせて朝4時に起き、しっかりとデータをとって観察(DVDやノートが山のようにある!)、今や蜂の健康状態を、糞を見るだけで分かるようにまでなりました。「最近は、蜂が古民家なんかに勝手に作ってしまった蜂の巣の処理を任せられるようになってきて、40以上はもう処理したやろな」。この日もたまたま、もうすぐ処理するところだという屋根裏に出来た蜂の巣を見せてもらいました。

日本蜜蜂は大量に安定して管理することが難しいこともあり、市場に出たとしたら大変高値で売買されます。しかし、石井さんは決してそれを売りません。「わしのミッションは、日本蜜蜂の養蜂を広めること。教えてくれと言われたらなんでも教えるし、手伝う。最近島内でも少しずつ自分ではちみつをつくる人が増えて来たな」。見返りを求めず教えている甲斐あって、小豆島を車で走ると養蜂用の箱がいくつか見られました。

お金じゃない、価値の循環

日本のものだけではなく、世界各国のものだってお金を払えば買えてしまう世の中だからこそ、石井さんは「売っていないものに、価値がある」と断言します。確かに、石井さんの持ち物を拝見すると、「この車も貰い物だし、この棚も、建具屋さんが作ってくれたんだ。それから……」と、次から次へともらったものが出てきます。巣箱を設置してあげた松茸とりの名人からは松茸を毎年お礼にもらうことも。そこには、お金で買えない、お金より貴重な価値の循環が生まれていました。

ハチの見学者は、自分が思う金額を払うのだけれど、それは全て震災の寄付となり、決して石井さんは受け取りません。石井さんとは「ハチバカ」仲間で、『ナイス小豆島オリーブの森』の管理人である中川さんが、おもてなしの一環だと作ってくれたうどんをすすりながら、美しい生き方の人々がいるものだなとしみじみ思います。石井さんの生き方によって生まれる、お金を上回る信頼のコミュニティはなにものにも代え難いのです。

「みなさんのおかげでうちの自転車屋も50周年だから、お世話になった人たちに巣板をお裾分けしようと思ってね」。島のため人のために、どこまでもギビングな精神を持った自転車屋さんの、ここでしか味わえない美味しいはちみつを味わいに訪れてみませんか?

[関連サイト]
石井サイクルHP
ナイスグループHP 「ナイス小豆島オリーブの森」開園

  • プロフィール 中村優
    台所研究家。料理は国籍や年齢を超えて人を笑顔にするとの信念のもと、家庭料理を学びながら世界を放浪旅した後、料理・編集の素敵な師匠たちに弟子入り。最近は、ロックなおばあちゃんたちのクリエイティブレシピを世界中で集めている。

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