各国・各地で「瀬戸内・小豆島 ─日本の中の、ラテン─」

受け継がれる『じいちゃん時計』

2015年03月04日

小豆島には、三大渓谷美のひとつともよばれる寒霞渓という渓谷があります。春は山桜が桃色に染まり、夏は新緑が生命力にあふれ、秋は真っ赤な紅葉が広がり、冬はうっすらと雪化粧をする、四季をはっきりと感じられる場所。今回はその寒霞渓のふもとにある、仲睦まじい家族が営む小さな麹屋さん、森製麹所のお話。

素材からていねいにつくる麹とお味噌

なんの目印もないような、田んぼが広がる場所にぽつんと森製麹所はありました。このブログでも以前紹介した高橋さんが、甘酒を作ってくれたときにその存在を知った麹屋さん。ネットで検索しても「森もやし店」の名で住所と電話番号しか出てこないような場所にくると、なんだか宝物探しに来た気分になります。

森製麹所は、2代目の俊夫さんとその妻美沙子さん、娘の淳子さんと孫にあたる一輝さんの家族3代で仲良く営んでいます。

美味しい麹をおこすために必要になるのは、美味しいお米。森製麹所では、なんと、お米も自分たちでつくっています。「古米を使うか新米を使うかによっても麹の出来映えが違ってくる。古米が混ざっていたり、市販のお米でつくるとやはり少し味が違うんですよ」。と、俊夫さん。国産大豆でお味噌も作っているのですが、今年からは、大豆も育て始めたのです。

一回で仕込む麹の量はだいたい75kg。育てたお米は玄米の状態で保管し、麹を仕込む都度精米して、ふつうのご飯の固さよりもすこし固めに圧力をかけて蒸し上げるそう。お米を蒸し上げるのは、孫の一輝さんの仕事です。2年ほど前、もう麹屋さんを辞めようかと言うとき、「じいちゃん、ばあちゃんが一生懸命つくってきた麹を守っていきたい」と、継ぐことを決心したとっても頼もしい存在。一輝さんは、照れたような表情で「まだまだじいちゃんに聞かなきゃいけないことばかりだから、1度現役を引退しようとしたじいちゃんにまた出て来てもらって、活躍してもらってるんです」そう、話してくれました。

麹は、昔ながらの煉瓦室上蓋製麹法という製法で作られます。100年以上経つというレンガで出来た室のなかは、硫黄の煙を使って殺菌したばかり。かすかに硫黄の香りが鼻孔をくすぐります。お米が蒸し上がってからは、淳子さんの出番。この室のなかでお米を手で広げていき、冷めて来たところで麹菌の種を播きます。さらに、12時間後に手で揉んで熱を均等にまわし、100年ものの板に盛り込んで2日間むろのなかで菌を育てるのです。室の中は大体30℃弱だそう。

季節や気候によってかき混ぜたり室のなかに入れて置く時間を変えるそう。「一番気をつけないかんのは温度やな」。と俊夫さん。そう、手で揉み解していく時の温度が一番重要なよう。その年々の出来映えがあり、俊夫さんも、お父さんから「温度に1番気をつけろ」と言われてきたといいます。何時間むろに置いておくのか、そしてどの程度冷ますのかなどの加減は、やはり長年の経験と勘が必要となってくるところ。だからこそ、淳子さんは「うちは『じいちゃん時計』が必要なんです」と笑って言うのです。

夫婦のやさしい甘酒

「寒いでしょう」と、美沙子さんが振る舞ってくれたのは、手作りの甘酒。冷えた体にやさしい口当たりの甘酒がじんわりと染み渡ります。小豆島では井戸水の家庭も多く、ジュースもなかったその昔は各家庭でそれぞれに甘酒を作っていたといいます。「甘酒を飲むことは特に珍しいことでもなくて、島では案外普通のことでしたね」。そう、美紗子さんがゆっくりと教えてくれます。

俊夫さんが毎日飲む甘酒をつくるのは、美沙子さんのお仕事。夜になると、ご飯をきちんと甘酒のためにとっておいて「ばあちゃん、ちゃんと甘酒つくっといてくれよ」といつも言っているらしいのです。俊夫さんは「そのおかげで健康になって、医者にもいかなくなったんだ」と誇らしげ。そんなお話を聞きながら甘酒をいただくと、ふたりのいつものやりとりが目に浮かぶようで、なんだかほっこり。さらに体がぬくもるようです。

「不思議だけれどね、出来上がった麹そのものよりも、甘酒なんかにすると普通の麹との違いが余計にわかるんだ」。麹自体も、ぎゅっと詰まってふわふわしてて、普段見ていた物より生き物のような感じがしますが、確かに甘酒の味はこの麹でしか出せないほどに絶品。

『もやしや』がつくる『もやし』

ところで、昔は麹屋のことを「もやしや」と呼んだそうですが、おもしろいことに森制麹所では、「もやし」も生産しています。薄暗い室内でメキメキと力強く育っていくもやし。これがまたシャッキシャキでおいしいんです。手作り味噌も評判の品。

ここで麹や味噌、もやしを買っていくのは、島の常連さんたちがほとんど。例えば1つ味噌を買っていったら、次はこのくらいの時期に買いにくるな、ななどと大体わかるのだとか。「毎日お味噌汁を食べても、味噌1つ買ったらだいぶ持つからな」。と俊夫さん。増産はせず自分たちの手で作れる量だけを作っているのだとか。顔の見える範囲の人たちがどのくらいの頻度で食べて、どのくらい必要なのかをしっかり考えて必要な分をつくっていく。身の丈にあった商売なのですね。

今回、にこにこと笑い絶えずお話してくださった森さん一家。娘さんとお孫さんがじいちゃん、ばあちゃんを尊敬する気持ち、じいちゃんばあちゃんが苦労して作ってきた麹を大切に守っていきたいという気持ちがひしひしと伝わってきました。

そこにいるだけで明るい気持ちになる場所で、つくっているひとたちのあたたかい人柄がそのまま麹やお味噌に反映しているような気がします。また食べたい、また会いたい、そんな気持ちにさせてくれる麹屋さんでした。

  • プロフィール 中村優
    台所研究家。料理は国籍や年齢を超えて人を笑顔にするとの信念のもと、家庭料理を学びながら世界を放浪旅した後、料理・編集の素敵な師匠たちに弟子入り。最近は、ロックなおばあちゃんたちのクリエイティブレシピを世界中で集めている。

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