連載ブログ 音をたずねて

ダブリン健在

2011年11月16日

グレンダーロッホを出て撮影をしがてらウイックローを抜けて北上。約3時間かかってダブリンに着きました。7年ぶりに訪れたダブリンは街がとても綺麗になったように思いました。ダブリンの象徴リッフィー川に架かるハーフペニー・ブリッジの夕景。左はダブリンの繁華街ティンプルバー、素敵なお店が沢山あります。それを抜けると無印良品ダブリンがあります。

スタイリッシュなアイリッシュ

7年前は不動産と海外からの投資により「ケルトの虎」と呼ばれるほどの経済発展時期だったアイルランド。アメリカ発のリーマンショック以降は投資の引き上げ等による影響で膨大な債務超過となってしまい、EUの経済支援を受けることになりました。しかし最近は政府や国民の努力によって、悪いながらも世界から一定の評価をうけるほど、改善に向かっているとは聞いていました。7年前に無印良品BGMの制作をし、多くのミュージシャンと知り合った関係で経済の低迷が人ごととは思えず、その状況をとても心配していました。実際、そのダブリンの街に立ってみると、何も変わってはいない上、むしろとても街が綺麗になっている気がしました。以前来たときよりもゴミは少なく、路上も清潔な感じを受けました。そして何よりも歩いている人の身なりがとても洗練されているのに驚きました。風景自体は少しも変わっていないのでとても不思議な感覚でした。周りに聞くと、「経済は良くないけれど、貧乏には慣れているし、バブルの頃に生活全体の質が上がったのではないか」とのこと、気楽なもので悲壮感はまるで感じられません。アイリッシュらしい淡々とした言い回しと落ち着いているところから見ると、心配には及ばないとのことだと思いました。

スタジオ近くの交差点(このあたりはどちらかといえばダウンタウン)

懐かしさにきょろきょろしていると見覚えのある交差点に来ました。前回ホテルから歩いてスタジオまで行く道で、驚くほど歩行者用信号の短い交差点があったことを思い出しました。それがこの交差点です。話は少し外れますが、アイルランドの歩行者用信号はとても時間が短いです。4車線道路程度の道幅で信号が緑になってから一分以内に赤になってしまいます。初めて渡った時には驚いてコーディネーターに「これでは老人は渡れないのではないか」と聞きましたら、「赤になってもそのまま渡れば誰もぶつかっては来ないから平気」と教えられ、そういうものかと納得してしまった思い出があります。考えてみれば信号を日本ほどしっかり守っている国が少ないことを思いだしました。外人がよく信号を無視して交差点を渡っている事がありひやひやしますが、考え方の違いだという事がよくわかりました。

やっとたどり着いたコールドン・スタジオ

今回のレコーディングの場所、コールドン・スタジオ入り口

ダブリン市街区の真ん中を東西に流れるリッフィー川、この川の南が比較的所得の高いエリアになっていて高級ブティックや住宅、オフィスが並んでいます。北側はダウンタウンの雰囲気がありどこに何があるか、初めてではわかりにくい場所です。前回もお世話になったコールドン・スタジオはこの北側のブレシントン・ストリートに面して建っているビルの地下になっています。周りは小さなオフィスやアパート、商店が軒を連ねている庶民的な場所です。看板もなく正面に立ってもここがスタジオだと誰も気がつかないほど楚々としています。もっとも関係者以外は用のない場所ですから泥棒よけにもその方が良いのかも知れません。ブラジルではスタジオ器材一切合切盗まれたスタジオがありました。このコールドンCauldronとは大きな鍋の意ですが、とてもアイルランドらしい名前なので、なぜこの名前を付けたのか聞こうと思っていましたが、今回も聞きそびれました。

スタジオの入り口です。しっかりした鉄の扉がついています

オーナーでエンジニアのキアランさん。前にあるのがプロツールス(録音器材)です

今回のエンジニアである、キアランさんはギタリストでもあり、ミュージシャンとしても活躍しています。ミキサー卓の向こうに彼のギターが並んでいるところが、ミュージシャンのプライベートスタジオであることを物語っています。このスタジオはトラッド音楽の収録場所としても有名で様々なミュージシャンが録音しています。7年前にはワンブロックしかなかったスタジオが隣のブロックにまで広がり、倍の広さになっていました。キアランさんも7年経って少し貫禄がついていましたが、気さくさは一つも変わっていませんでした。レコーディング・エンジニアに必要なことはヒューマン・リレーションで私のようなディレクターとミュージシャン双方と円滑な関係を作ることが大切になります。出す音が正確で良い音、そのため適切なマイクのセットをする事は当たり前で、レコーディングするミュージシャンの音の好みを知っていること、そしてスムーズなレコーディングとしっかりした音楽知識を持っていることなど良いエンジニアの条件はきりがありません。そして一番大切な部分がヒューマン・リレーションです。そういう意味でも彼はとても素晴らしいエンジニアです。この厳しい時期にスタジオブースを二倍にする事ができたのはその証だと思い、とてもうれしくなりました。

独特のインテリアのコンソール・ルーム(調整室)

レコーディング・ブース広いですが日本のように遮蔽ボードはありません。

このブースの他に4部屋ありました。どの部屋も綺麗でとてもリラックスできる雰囲気にしつらえてありました。レコーディング・スタジオを選ぶときはリラックスできるかどうかが重要になります。響きが良かったり、器材が良いことは当たり前ですが、スタジオが豪華である必要はありません。スタッフ全員がリラックスできることが非常に重要になります。レコーディングに参加する演奏者の技術力は十分ですので、その演奏者が最高の演奏ができるように、最良の準備をするところからレコーディングの仕事は始まります。『良いエンジニア』と『リラックスできるスタジオ』この二つを揃えることが、良い演奏を弾き出す方法だと私は思っています。今日はエンジニアとのレコーディングについての内容の打合せでスタジオに来ました。これはミュージシャンのためというよりもエンジニアのためです。エンジニアの不安をなくし、録りたい音楽のイメージを共有することも重要な仕事になります。とはいうもののレコーディング・スケジュールと参加ミュージシャン編成を確認した後は雑談になりました。今回日本から同行した野崎さんは、アイルランド音楽の主みたいな人です。短い期間に最高のミュージシャンを要望通りにセットしてくれました。二人の話を聞いていると明日からのレコーディングがいよいよ楽しみになってきました。次回はレコーディング風景をご紹介します。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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