アイルランド音楽に欠かせないハープという楽器
ハープやシャーノスの名手、シーレ・デンヴァー
アイリッシュにとても馴染み深い楽器がアイリッシュ・ハープです。普通のハープより小さめでガット弦が張ってあります。興味深いことにスコットランドやコーンウオールなどでも同じ楽器が使われています。島ケルト4地区といわれるコーンウオールの古い教会に行ったとき、ホイッスルと共に小さなハープの壁画を見ました。
イギリスコーンウオールの古い教会の壁のハープのレリーフ。
ハープの起源は3000年くらい前、弓の弦をつま弾いたのが始まりとも言われています。ちょうど紀元前10世紀頃だそうです。アイルランドの国章やコインの裏にもハープが刻まれているほどアイリッシュにとってハープは音楽好きな国民性を象徴するような楽器です。
2011年春、ダライ・ラマのアイルランド訪問の際に、御前演奏をしたフィオヌアーラ・ジル
アイルランドの音楽は口伝で伝えられてきた歴史があり、祭や集いの場でのダンスや楽しみのために演奏されてきたようです。現在もそうですがアイルランドの伝統音楽は生活とも密接に関わっており、路上や家庭など人が集まるところには音楽があると言っても良いくらいだと思います。口伝という事もあり同じ曲でも解釈や地域によって印象がかわり、その時の演奏者の気分でも変わるくらいの自由度をもっています。演奏者と聴き手というよりも双方が一緒になって楽しむ音楽、仲間のための音楽といった傾向があると思います。紀元前から営々と続くこの文化は今でもアイデンティティとして強く残っていて、むしろ回帰傾向にあるようにも思えます。
陽気にスタジオを湧かせたパイプとホイッスルのローナン・ブラウン
今回の収録は25曲の収録予定でしたがレコーディングに入ると、ミュージシャン達が次から次に良い曲を提案してくれて、結局38曲も収録してしまいました。普通、プロのミュージシャンは決められた演奏が済むとすぐに帰ってしまいますが、今回はまるで仲間と一緒に自分のアルバムを制作するように細やかに気遣い、様々な提案をしてくれました。この辺にもアイルランドの音楽に対しての姿勢が感じられました。
ゲール語でのレコーディング
今回収録したボーカル曲は全てケルトの言葉とされているゲール語で歌ってもらいました。イギリスの植民地化の時期に自国語であるアイルランド語(ゲール語)が衰退しました。現在は民族的な観点からも推奨され、人々からも愛されている固有の言葉です。歌と言葉の関係はとても深く音楽の始まりは歌であったという学説もあります。民族音楽はサンバやタンゴなどもそうであるように言語の響きや抑揚が曲の旋律になっています。別の言葉に置き換えるとどうしても無理が生じ楽譜的な音楽になってしまいます。
新進気鋭のボタン・アコーディオンニスト ダミアン・ムレン
もともとの無印良品BGM海外版のコンセプトは人と人との共感です。言葉や国が異なっても、家族や仲間との生活から生まれる意識や感覚は共通していて伝統音楽はそれを一番表しているものとの考え方から始まりました。そういう意味では世界共通な人々の意識が埋め込まれた共通言語だといえると思います。
元アヌーナのメンバー、イーマー・クィン
最近では、日本でもアイルランドをはじめ世界中の伝統音楽に耳を傾け、自分でも演奏する若者が増えています。大学のサークルや仲間同士でバンドを組んで演奏をする若者、中には演奏技術と文化を学ぶために、現地に留学する若者もいます。彼らは流行やファッションで音楽を聴くのではなく、純粋にその中に流れている情感や文化を理解し、愛しているように見受けられます。インターネットを通じて、誰もが瞬時に国境を越えられる時代にオンラインでは辿り着けない深層文化を背景にした伝統音楽というプリミティブな分野での相互理解の中に、真の意味でのコミュニケーションの国際化の兆しが芽生えはじめているのかもしれません。
ケリーから駆けつけてくれた、元グラーダのフィドル ブレンダン・オサリヴァ
先日、アイルランド大使館の昼食会にお邪魔しました。その場で、アイルランド大使館が東北復興応援「アイルランドから歌の贈り物」というツアーを企画していることを知りました。2011年12月6日福島県相馬市始めとして3カ所をアヌーナ、リアム・オ・メンリィトというアイルランドの優れた音楽家達とまわる予定だそうです。これはジョン・ニアリー大使自らが車を運転し現地を視察した結果、大使が発案したこの企画にミュージシャンが共鳴し今回の開催になったとうかがいました。自国が国難に際している中、日本に思いを寄せてくれる人情深さは、人と人の繋がりを大切にするミュージシャンと同じように、アイルランドの人々の温かな心の表れとたいへん頭が下がる思いがいたしました。
国際化の中で経済だけではなく同じ生活者としてのネットワークが音楽を通じて広がっていることがとてもうれしく感じました。