連載ブログ 音をたずねて

チェコ人は黄金の手を持つ

2012年02月15日

プラハの旧市街地広場に面して旧市庁舎があります。ご存じの方も多いと思いますが、その壁に美しいからくりの天文時計があります。今から500年以上前の1490年にチェコ人のハヌシュトという職人によって作られました。当時の技術の粋を集めて作られたからくり時計は今でも多くの観光客を集めるほど美しく精巧なものです。よくチェコ人は黄金の手を持つといわれますが、日本人と同じくとても手先の器用な国民のようです。日本では高山の山車のからくりが有名ですが、双方とも時代に於いては先端技術で、共に手で作る素晴らしい技術を持っていたのだと思いました。今回はそんな手仕事に注目してご紹介します。

あちらこちらに見るボヘミアングラスの品々

チェコはボヘミアングラスで有名です。街を歩くとさすがに沢山のガラス製品が並んでいました。このガラス製品にはチェコで作られるチェコガラスが使われていることが多いそうです。チェコガラスは光の反射を押さえ、やさしい光を放つような技術が使われていてクリスタルグラスのような輝きはありませんが、しっとりと眼に馴染む美しさがあります。この写真のようなオブジェからタンブラー、ビーズまで様々な用途で使われています。

木製の可愛いモビール

カラフルな木のジグソー

様々なガラス細工

精巧な衣装を身のまとったマリオネット

どれをとっても作り手の思いが伝わってきそうな素敵な工芸品ばかりでした。
北海道より少し小さな国土に1千万人の人口。人々の顔の見えるちょうど良いバランスのように思います。16世紀にはヨーロッパの文化の中心としとして栄華を極め、その後、様々な歴史を経て現在に至るプラハは芸術に対しての豊かな理解と人に優しく、技術を大切にする気風を生んできたのかも知れません。そんなことを考えていたらチェコが生んだ偉大な風刺漫画家でありイラストレーターのヨセフ・ラダのことを思い出しました。

ヨセフ・ラダ

ヨセフ・ラダの原画

プラハから東南の方角に30kmほど行くとヨセフ・ラダが生まれたフルシッツェ村があります。この村にラダの記念館があると聞いて行ってみました。とても小さな村で本当に記念館があるのだろうかと思って歩いて行くと村はずれの閑静な場所に建物が建っていました。着いたのは四時頃だったと思いますが、締まるぎりぎりで閉館の準備をしていたところでした。我々が日本から来たことを告げると、にっこり笑って閉館を伸ばしてくれたました。普通では考えられない対応にチェコ人の人柄を見たように思いました。

壁に掛かったヨセフ・ラダの写真と作品

ヨセフ・ラダは1887年、この村の小さな靴屋に生まれ、第一次世界大戦前は風刺漫画家として、大戦後はイラストレーターとして有名になりました。のちに国民芸術家の称号を贈られましたが、その作風からも見て取れますが、チェコ人らしい気骨を持った作家だと思います。写真を見て「ああ」と思われる方も多いと思います。日本でも多くの童話作品が出版されその豊かな表現力とコミカルな風刺は鋭く、そして自然や風土を思いおこさせる作風は現在でも多くのファンを持っています。なぜ、ヨセフ・ラダを思い出したかというと、チェコの文化・芸術は生活ととても密着しているように思えたからです。音楽分野ではドヴォルザークやスメタナ。絵画、デザインではヨセフ・ラダや後日ご紹介しようと思っているアール・ヌーボーを代表するグラフィック・デザイナー、アルフォンス・ミュシャなどの芸術作品と街のガラス工芸作品それらに共通しているのは、人間くささと卓越した才能と技術。同一目線で人が人に対して対話するような印象でした。

村の中の気持ちの良い場所にそっと建つ、ヨセフ・ラダ記念館

本当に小さな村の中心部にこんな看板を発見しました

中に入ってみると四方の壁がヨセフ・ラダの絵で埋まっていました

男性用トイレの入り口です

村の中にあるこの店は、ヨセフ・ラダ、ファンや子供達に限らずとても楽しい店でした。このお店が象徴しているように、チェコ人達は音楽や芸術を額縁の中に入れて楽しむのではなく、人の営みの中に自然と存在させ、生活の一部として愛しているように思えました。文化は人間の持つ豊かな感性と経験、技術、歴史、気質が生活の中で生まれ、そのエッセンスが昇華して芸術になると私は思います。過去の日本の芸術や文化も同じような環境の中から生まれて来たように思えます。日本では薄らいでしまったこの感覚がチェコには生きていました。本来当たり前のことですが、さまざまな変遷を通りすぎてもなお脈々と生きているチェコの文化気質がとてもうらやましく、その因子を探してみたくなりました。

チェコの智恵

そんなチェコの文化の象徴が無印良品にもありました。チェコのルジェナおばあちゃんが編んだ靴下をモデルにして、無印良品が2006年に発売した「直角靴下」です。通常靴下の角度は、機械生産用に120度の角度になっています。おばあちゃんの靴下は履き心地を考え、履く人に喜んでもらえるように手編みで一生懸命編んだ結果、かかと部分もすっぽり収まり、ずれ落ちにくい直角90度になりました。この履く人の事を考えるという当たり前のことをおばあちゃんは実践していたのです。これも手先の器用なチェコ人らしいアイデアですし、常に人のためという文化思想の表れのようにも思いました。もっともこの90度靴下、商品化するのには無印良品スタッフは相当苦労したみたいで、靴下メーカーのご協力のもとやっと発売にこぎつけたエピソードもあります。詳しくお知りになりたい方は下記よりご覧ください。

くらしの良品研究所 プロジェクト「足なり直角靴下」
足なり直角靴下の誕生 ─チェコのおばあちゃんとの出会い―

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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